社労士の実務クエスト

【社労士の実務】労働条件通知書、書面明示の抜けはない?──明示事項をチェックする

先輩から、労働条件通知書の下書きを渡されて言われる。

「この通知書、労働基準法で書面での明示が義務づけられているのに、抜けている項目があるよ。どこか分かる?」

下書きにはこう書かれている。

1. 契約期間 … 期間の定めなし
2. 就業の場所 … 王都本部
3. 従事すべき業務 … 受付および事務
4. 賃金 … 月給20万円

社労士の試験で「労働条件の明示」は頻出のテーマだ。覚えた明示事項が力になるのは、こうして書面から「抜け」を条文の順番で拾えたときである。この記事では、条文が定める明示事項の全体像、書面が要る範囲、2024年に加わった項目、そしてチェックの手順までを通しで整理する。

この記事は、学習アプリ「シカクエ」の実務クエストを読み物として再構成したもの。氏名・事業所はすべて架空です。実際の運用は、必ず最新の条文と通達でご確認ください。

まず結論:抜けているのは労働時間と退職に関する事項

下書きには賃金まで書かれている。しかし条文が並べる順番で当てると、2つの項目が丸ごと落ちている

規則5条1項明示事項下書きの状態
1号労働契約の期間に関する事項あり(期間の定めなし)
1号の3就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(変更の範囲を含む場所と業務はあるが変更の範囲がない
2号始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、就業時転換に関する事項丸ごとない
3号賃金の決定・計算・支払の方法、締切り・支払の時期、昇給に関する事項月給額のみ。支払方法・締切り・支払時期がない
4号退職に関する事項(解雇の事由を含む)丸ごとない

先輩の「抜けている項目」は2号だが、指摘するなら4号と、3号の中身、そして1号の3の変更の範囲までまとめて挙げる。1か所直して終わりにしない。

条文の構造——「明示」と「書面明示」は別のこと

労働基準法15条1項は、2つの文でできている。

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。(労働基準法15条1項)

前段が明示義務、後段が方法まで指定された明示義務だ。この2つは範囲が違う。

対象方法根拠
明示すればよい事項規則5条1項の1号から11号まで方法の指定なし(口頭でも足りる)15条1項前段、規則5条1項
書面等が要る事項規則5条1項の1号から4号まで昇給に関する事項を除く書面の交付(例外は後述)15条1項後段、規則5条3項・4項

ここが試験でも実務でもよく問われるところだ。昇給に関する事項は3号に含まれているが、書面明示の対象からは外れている(規則5条3項のかっこ書)。「賃金に関することは全部書面」と覚えていると、ここで外す。

4号の2から11号までは、使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでないとされている(規則5条1項ただし書)。定めがあれば明示するもので、いわゆる相対的明示事項にあたる。退職手当(4号の2)、賞与(5号)、食費・作業用品の負担(6号)、安全衛生(7号)、職業訓練(8号)、災害補償(9号)、表彰・制裁(10号)、休職(11号)が並ぶ。

2024年から加わった「変更の範囲」

規則5条1項1号の3は、こう書かれている。

就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)(労働基準法施行規則5条1項1号の3)

かっこ書の「変更の範囲を含む」が、2024年4月から加わった部分だ。雇入れ直後の場所と業務だけでなく、その後の配置転換でどこまで動く可能性があるかを書くことになる。

下書きの「就業の場所 … 王都本部」「従事すべき業務 … 受付および事務」は、雇入れ直後の内容しか書いていない。これだけでは1号の3を満たさない。「変更の範囲:会社の定める全ての事業所」「変更の範囲:会社の定める業務」といった形で、範囲を明示する必要がある。

有期労働契約についても、更新する場合があるものでは更新する場合の基準に関する事項を明示する(規則5条1項1号の2)。かっこ書で通算契約期間または更新回数に上限の定めがある場合には当該上限を含むとされているので、上限の有無まで書く。

さらに、無期転換申込みができることとなる有期労働契約の締結では、無期転換申込みに関する事項と、転換後の労働条件も明示事項に加わる(規則5条5項・6項)。有期の契約を扱うときは、この2つを忘れない。

書面でなくてよい場合がある

方法についても条文がある。

法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。
一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他の……送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)(労働基準法施行規則5条4項)

3つの条件がそろって初めて、電子交付が使える。

  1. 労働者が希望した場合であること。会社側の都合で選べるものではない
  2. 受信をする者を特定して情報を伝達する方法であること
  3. 労働者が出力して書面を作成できるものであること

3番目の条件が実務で効く。本人が印刷できない形式では条件を満たさない。社内システムの画面に表示するだけ、閲覧期限のあるリンクを送るだけ、といった運用は、この条文に当てて確認する必要がある。「電子化したから紙は不要」ではなく、「本人が希望し、かつ出力できる形なら電子でよい」という順序になる。

明示した内容が事実と違ったら

条文は、その先まで定めている。

前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。(労働基準法15条2項)
前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。(同条3項)

2項は即時解除権だ。予告期間も要らない。3項の旅費負担は、遠方から就職して住居を移した労働者を想定している。

そして規則5条2項は、使用者は、明示しなければならない労働条件を事実と異なるものとしてはならないと定めている。「書いてあれば足りる」ではなく「書いた内容が事実であること」まで求められている

罰則もある。15条1項または3項に違反した者は、30万円以下の罰金に処するとされている(労働基準法120条1号)。

チェックの手順——この順番で当てる

  1. 契約期間を見る。有期なら、更新の基準と上限の定めの記載があるか(規則5条1項1号・1号の2)。
  2. 就業の場所と業務を見る変更の範囲が書かれているか(同項1号の3)。
  3. 労働時間の欄を見る。始業・終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇。5つそろっているか(同項2号)。
  4. 賃金の欄を見る。金額だけでなく、決定・計算・支払の方法、締切りと支払の時期があるか(同項3号)。
  5. 退職の欄を見る解雇の事由まで書かれているか(同項4号)。
  6. 定めのある事項が漏れていないか確認する。退職手当、賞与、休職など、就業規則に定めがあるのに通知書にない項目はないか(同項4号の2〜11号)。
  7. 交付の方法を確認する。電子で送るなら、本人の希望があるか、出力できる形式か(規則5条4項)。
  8. 就業規則と突き合わせる。通知書の内容が就業規則と食い違っていないか。食い違いは規則5条2項の問題になり得る

この8ステップを踏むと、指摘が「労働時間が抜けています」から「2号が丸ごと、4号が丸ごと、3号の支払方法と1号の3の変更の範囲が不足しています」に変わる。条文の号で言えると、直す側も漏らさない

プロならこう指摘する

拝見しました。抜けているところを、条文の順番でお伝えします。

まず労働時間に関する事項が丸ごとありません。始業と終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇。この5つは労働基準法施行規則5条1項2号に並んでいるもので、書面での明示が必要な事項です。

次に退職に関する事項がありません。こちらは同項4号で、解雇の事由を含むと条文に明記されています。「自己都合退職は30日前までに申し出る」だけでなく、どういう場合に解雇されるのかまで書く必要があります。

賃金の欄も、月給の金額だけになっています。同項3号は、決定・計算・支払の方法、締切りと支払の時期まで求めています。「毎月末日締め、翌月25日払い、口座振込」といった記載を足してください。

それから、就業の場所と業務についてです。2024年4月から、変更の範囲も明示することになりました。いま書かれているのは入社直後の内容だけですので、将来の配置転換でどこまで動く可能性があるかを追記していただく形になります。

最後に、明示した内容が事実と違っていた場合、労働者は即時に労働契約を解除できると定められています。作成の負担を減らすために内容をぼかすと、かえって後で困ることになります。就業規則と突き合わせて、実際の運用どおりに書きましょう。

直したものを拝見しますので、もう一度お持ちください。

よくある質問と、その答え方

「昇給の見込みが立たないので、昇給の欄を空けてもいいですか」
昇給に関する事項は規則5条1項3号に含まれるため明示は必要だが、書面明示の対象からは外れている(同条3項のかっこ書)。ただし空欄にするのではなく、「昇給の有無」と、あるなら時期や条件を書くのが実務の形になる。「書面でなくてよい」と「明示しなくてよい」は別だと分けて答える。

「パートやアルバイトにも通知書は要りますか」
労働基準法15条は労働契約の締結に際しての義務で、雇用形態による区別を置いていない。パート・アルバイトも対象になる。さらに短時間労働者・有期雇用労働者については、パートタイム・有期雇用労働法により、昇給・退職手当・賞与の有無、相談窓口についても文書の交付等による明示が求められている。労基法の項目に上乗せがあると押さえておく。

「就業規則を渡せば、通知書は省略できますか」
できない。15条1項は労働契約の締結に際し、労働者に対して明示することを求めており、就業規則の周知(労働基準法106条1項)とは別の義務になる。ただし通知書に「詳細は就業規則第◯条による」と記載する形は実務で用いられる。その場合も、書面明示が要る事項そのものは通知書に書く。労働契約法4条2項も、労働契約の内容についてできる限り書面により確認するものとすると定めている。

チェックで外したくないポイント

  1. 「明示」と「書面明示」は範囲が違う:書面は1号から4号まで(昇給を除く)。
  2. 2号は5つの要素:始業終業・時間外労働の有無・休憩・休日・休暇。
  3. 4号は解雇の事由を含む
  4. 1号の3の変更の範囲:2024年4月から。入社時の内容だけでは足りない。
  5. 有期なら更新の基準と上限(1号の2)、無期転換の対象なら転換に関する事項(規則5条5項・6項)。
  6. 電子交付は3条件:本人の希望・特定送信・出力可能。
  7. 事実と異なる明示は不可:即時解除権と旅費負担、30万円以下の罰金。

根拠条文のまとめ

条文見出しこの記事で使った内容
労働基準法15条1項労働条件の明示前段で明示義務、後段で省令の定める事項を省令の定める方法により明示
労働基準法15条2項同上明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除できる
労働基準法15条3項同上住居を変更した労働者が解除の日から14日以内に帰郷する場合、使用者は必要な旅費を負担する
労働基準法120条1号罰則15条1項・3項の違反は30万円以下の罰金
労働基準法施行規則5条1項(労働条件の明示事項)1号 契約期間/1号の2 更新の基準と上限/1号の3 就業の場所・業務と変更の範囲/2号 労働時間関係/3号 賃金/4号 退職(解雇の事由を含む)/4号の2〜11号は定めがある場合
労働基準法施行規則5条2項同上明示すべき労働条件を事実と異なるものとしてはならない
労働基準法施行規則5条3項同上書面明示の対象は1号から4号まで。昇給に関する事項を除く
労働基準法施行規則5条4項同上方法は書面の交付。本人が希望した場合はファクシミリ、または出力して書面を作成できる電子メール等
労働基準法施行規則5条5項・6項同上無期転換申込みができる有期労働契約では、申込みに関する事項と転換後の労働条件も明示
労働契約法4条2項労働契約の内容の理解の促進労働契約の内容について、できる限り書面により確認する
条文の記述は執筆時点のもの。明示事項は改正が続いている分野のため、実務では必ず最新の省令と厚生労働省の通達・様式でご確認ください。

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