【社労士の実務】人を雇ったら何をする?──入社手続きの期限を整理する
はじめて人を雇う経営者から、相談が届く。
「来月から1人採用することになりました。手続きが必要だと聞いたのですが、何を、どこへ、いつまでに出せばよいのか分かりません。ひととおり教えてもらえますか。」
入社手続きは、複数の法律にまたがる。だから覚えにくく、抜けやすい。力になるのは、こうして提出先と期限を一覧にして渡せたときである。この記事では、それぞれの期限の根拠条文、起算日の違い、社内で整える帳簿、そして抜けを防ぐ手順までを通しで整理する。
まず結論:期限が3種類ある
| 手続き | 提出先 | 期限 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 健康保険被保険者資格取得届 | 年金事務所または健康保険組合 | 事実があった日から5日以内 | 健康保険法48条、同施行規則24条 |
| 厚生年金保険被保険者資格取得届 | 年金事務所 | 事実があった日から5日以内 | 厚生年金保険法27条、同施行規則15条 |
| 雇用保険被保険者資格取得届 | 公共職業安定所 | 事実のあった日の属する月の翌月10日まで | 雇用保険法7条、同施行規則6条 |
| 労働条件の明示 | 本人 | 労働契約の締結に際し | 労働基準法15条1項 |
| 労働者名簿・賃金台帳 | 社内で保管 | 調製し、記入する | 労働基準法107条・108条 |
社会保険(健保・厚年)は5日、雇用保険は翌月10日。この差が抜けの原因になる。短いほうに合わせて、入社から5日以内に3つとも出す運用にしておくと、期限を2つ覚える必要がなくなる。
実務では、健康保険と厚生年金は1枚の様式で同時に届け出るのが通例だ。条文上は別の法律に基づく別の届出だが、手続きとしては1つになる。
それぞれの根拠を条文で確認する
健康保険
適用事業所の事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、被保険者の資格の取得及び喪失並びに報酬月額及び賞与額に関する事項を保険者等に届け出なければならない。(健康保険法48条)
期限は省令にある。
法第四十八条の規定による被保険者……の資格の取得に関する届出は、当該事実があった日から五日以内に、……健康保険被保険者資格取得届を機構又は健康保険組合……に提出することによって行うものとする。(健康保険法施行規則24条)
厚生年金保険
法第二十七条の規定による当然被保険者……の資格の取得の届出は、当該事実があつた日から五日以内に、厚生年金保険被保険者資格取得届・七十歳以上被用者該当届……を機構に提出することによつて行うものとする。(厚生年金保険法施行規則15条)
雇用保険
事業主は、法第七条の規定により、その雇用する労働者が当該事業主の行う適用事業に係る被保険者となつたことについて、当該事実のあつた日の属する月の翌月十日までに、雇用保険被保険者資格取得届……をその事業所の所在地を管轄する公共職業安定所の長に提出しなければならない。(雇用保険法施行規則6条)
雇用保険だけ起算の考え方が違う。「日から◯日以内」ではなく「属する月の翌月10日まで」だ。月末入社なら猶予が短く、月初入社なら長い。日数で覚えず、条文の言葉で覚える。
期限の起算日はいつか
3つの条文とも「事実があった日」を起点にしている。入社手続きでは、雇用契約に基づいて使用され始めた日がこれにあたる。
実務でずれやすいのが内定日と入社日だ。起点は入社日(実際に使用され始めた日)であって、内定を出した日ではない。
逆に、入社日が土日にかかる場合は注意が要る。4月1日が日曜で実際の初出勤が4月2日でも、雇用契約上の入社日が4月1日であれば、そこから数える。契約書の日付を確認してから数える。
社内で整える3つの帳簿
届出とは別に、事業場ごとに備えるものがある。
労働者名簿
使用者は、各事業場ごとに労働者名簿を、各労働者(日日雇い入れられる者を除く。)について調製し、労働者の氏名、生年月日、履歴その他厚生労働省令で定める事項を記入しなければならない。
前項の規定により記入すべき事項に変更があつた場合においては、遅滞なく訂正しなければならない。(労働基準法107条)
「調製」なので、入社の都度、その人の分を作ることになる。変更があれば遅滞なく訂正する義務も条文に書かれている。住所変更や氏名変更の届出を受けたら、名簿も直す。
賃金台帳
使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。(労働基準法108条)
「賃金支払の都度」だ。年に一度まとめて作る、という形は条文に合わない。給与計算のたびに記入する。
出勤簿(労働時間の記録)
労働者名簿・賃金台帳と合わせて法定三帳簿と呼ばれる。労働時間の把握については、労働安全衛生法66条の8の3が省令で定める方法により労働者の労働時間の状況を把握しなければならないと定めている。始業・終業の時刻を記録する仕組みが要る。
保存期間
使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。(労働基準法109条)
対象は名簿と台帳だけではない。雇入れに関する書類も入る。労働条件通知書の控え、履歴書、雇用契約書。採用時に受け取った書類は、まとめて保存の対象だと考えて整理する。
労働条件の明示を忘れない
届出は行政に対するもの、帳簿は社内に置くもの。本人に対して行う義務が、もう1つある。
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。(労働基準法15条1項前段)
タイミングは「労働契約の締結に際し」だ。入社日ではなく契約を結ぶときになる。内定を出して労働契約が成立した段階であれば、そこで明示する。
書面等で明示すべき事項は、労働基準法施行規則5条3項により1号から4号まで(昇給に関する事項を除く)と定められている。就業の場所・業務の変更の範囲(同条1項1号の3)が2024年4月から加わっている点は、様式を古いまま使っていると落ちる。
つまずきやすいのは「加入の要否を先に判定していない」
手続きの前に、そもそもその人が被保険者になるかを判定する必要がある。
| 制度 | 判定の要点 |
|---|---|
| 健康保険・厚生年金 | まず通常の労働者の4分の3基準。満たさない場合は短時間労働者の要件と事業所の規模(健康保険法3条1項9号、同法附則46条) |
| 雇用保険 | 週の所定労働時間が20時間以上かどうか。賃金要件も事業所規模の要件もない |
| 労災保険 | 労働者であれば全員が対象。個人ごとの加入手続きはない |
労災保険には個人ごとの資格取得届がない。事業として成立時に加入し、保険料は年度ごとの申告と納付で処理する。「労災の手続きを忘れた」と焦る相談を受けたら、まずここを説明すると落ち着く。
逆に、労災保険は届出がないから対象外と誤解しているケースもある。届出がないことと、対象でないことは別だと伝える。
そのほか入社時に受け取るもの
| 書類 | 用途 | 注意点 |
|---|---|---|
| 年金手帳または基礎年金番号通知書 | 基礎年金番号の確認 | 個人番号(マイナンバー)での届出も可 |
| 雇用保険被保険者証 | 被保険者番号の確認 | 前職がある人。番号は一人に1つなので、二重取得を防ぐために確認する |
| 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書 | 源泉徴収の税額計算 | 提出がないと乙欄適用になる |
| 前職の源泉徴収票 | 年末調整 | その年に前職がある場合 |
| 被扶養者の書類 | 健康保険の被扶養者認定 | 続柄と収入の確認書類が要る |
雇用保険被保険者証の確認が抜けると、同じ人に2つ目の被保険者番号が発行されることがある。過去の被保険者期間が通算されず、将来の給付日数に影響し得る。「前職はありますか」と聞くだけで防げる。
手続きの手順——この順番で進める
- 労働条件を決め、契約締結時に明示する(労働基準法15条1項)。変更の範囲まで書く。
- 加入の要否を判定する。社会保険は4分の3基準から。雇用保険は週20時間。
- 入社日を確定する。ここが期限の起算日になる。
- 本人から書類を受け取る。基礎年金番号、雇用保険被保険者証、扶養控除等申告書。
- 入社から5日以内に、健康保険・厚生年金の資格取得届を出す(健保則24条、厚年則15条)。
- 同じタイミングで雇用保険の資格取得届も出す。期限は翌月10日だが、まとめると忘れない(雇保則6条)。
- 労働者名簿を作る(労働基準法107条)。
- 賃金台帳に、最初の給与支払時から記入する(同108条)。
- 労働時間の記録を始める(労働安全衛生法66条の8の3)。
- 受け取った書類を5年保存の対象として整理する(労働基準法109条)。
プロならこう説明する
はじめての採用ですね。順にご説明します。手続きは3つの方向に分かれます。役所に出すもの、ご本人にお渡しするもの、社内に備えるものです。
まず役所に出すものです。健康保険と厚生年金は、入社日から5日以内に年金事務所へ。この2つは1枚の用紙で同時に出せます。雇用保険はハローワークへ、入社された月の翌月10日までです。
期限が2種類あってややこしいので、短いほうに合わせて、入社から5日以内に3つとも出してしまうことをお勧めします。そうすれば覚えることが1つで済みます。
次に、ご本人にお渡しするものです。労働条件の明示で、これは入社日ではなく契約を結ぶときに行います。用紙をご用意しますが、1点お伝えしておきます。2024年から、就業の場所と仕事の内容について「将来変わり得る範囲」も書くことになりました。古い様式をお使いだと、ここが抜けます。
3つめが社内に備えるものです。労働者名簿と賃金台帳、それに出勤の記録。合わせて法定三帳簿と呼ばれます。賃金台帳はお給料をお支払いになるたびに記入する決まりですので、給与計算の作業に組み込んでしまうのが楽です。
保存の期間もお伝えします。5年間です。名簿と台帳だけでなく、採用の際にお受け取りになった書類も対象になります。履歴書、雇用契約書、労働条件通知書の控え。まとめてファイルにしておいてください。
それから、手続きの前に確認することがあります。その方が社会保険に入る方かどうかです。フルタイムでしたら迷いませんが、短時間の方でしたら判定が要ります。今回の方の勤務時間を教えていただけますか。
最後に1つ。労災保険には、お一人ごとの届出がありません。事業として加入されていれば、雇われた方は全員が対象になります。「労災の手続きを忘れた」とご心配になる必要はありません。
ご本人からお預かりする書類の一覧をお持ちしました。とくに前職がある方は、雇用保険被保険者証を必ずご確認ください。番号はお一人に1つですので、確認せずに手続きすると2つ目が作られてしまい、過去の期間が通算されなくなることがあります。
よくある質問と、その答え方
「期限を過ぎてしまいました。どうなりますか」
届出自体は期限後でも受け付けられる。ただし資格取得日は実際の入社日にさかのぼるため、その分の保険料もさかのぼって発生する。給与から控除していなかった場合、本人負担分をどう精算するかという問題になる。「出せば済む」ではなく、精算の段取りまで含めて相談する場面になる。まず届出を出し、そのうえで精算方法を決める。
「試用期間中は社会保険に入れなくてよいですか」
入れる。健康保険法3条1項にも厚生年金保険法12条にも、試用期間中の者を除外する規定はない。使用され始めた日から被保険者になる。試用期間について定めがあるのは労働基準法21条4号の解雇予告の話で、社会保険とは別の条文だ。「試用期間だから」で共通に処理しない。
「労働者名簿はどこまで書けばよいですか」
条文は氏名、生年月日、履歴その他厚生労働省令で定める事項としている(労働基準法107条1項)。省令で追加の記載事項が定められているので、様式に沿って埋めるのが確実になる。あわせて、変更があったときは遅滞なく訂正する義務がある(同条2項)。住所変更の届出を受けたら、名簿も直す。作って終わりの書類ではない。
説明で外したくないポイント
- 健保・厚年は5日以内、雇用保険は翌月10日まで:短いほうに揃える。
- 雇用保険だけ起算の考え方が違う:「翌月10日まで」(雇保則6条)。
- 起算日は入社日:内定日ではない。契約書の日付を確認する。
- 労働条件の明示は契約締結に際し(労働基準法15条1項)。変更の範囲を落とさない。
- 賃金台帳は賃金支払の都度(同108条)。
- 保存は5年、雇入れに関する書類も対象(同109条)。
- 労災保険に個人ごとの届出はない:届出がないことと対象外は別。
根拠条文のまとめ
| 条文 | 見出し | この記事で使った内容 |
|---|---|---|
| 労働基準法15条1項 | 労働条件の明示 | 労働契約の締結に際し明示する |
| 労働基準法107条 | 労働者名簿 | 事業場ごとに調製。氏名・生年月日・履歴等。変更は遅滞なく訂正 |
| 労働基準法108条 | 賃金台帳 | 賃金支払の都度遅滞なく記入 |
| 労働基準法109条 | 記録の保存 | 名簿・台帳・雇入れその他労働関係に関する重要な書類を5年間保存 |
| 労働基準法施行規則5条1項1号の3・3項 | (労働条件の明示事項) | 就業の場所・業務の変更の範囲。書面明示は1号から4号まで |
| 健康保険法48条 | 届出 | 資格の取得及び喪失等を保険者等に届け出る |
| 健康保険法施行規則24条 | 被保険者の資格取得の届出 | 事実があった日から5日以内 |
| 厚生年金保険法27条 | 届出 | 資格の取得及び喪失等を厚生労働大臣に届け出る |
| 厚生年金保険法施行規則15条 | 被保険者の資格取得の届出 | 事実があつた日から5日以内 |
| 雇用保険法7条 | 被保険者に関する届出 | 被保険者となったこと等を届け出る |
| 雇用保険法施行規則6条 | 被保険者となつたことの届出 | 事実のあつた日の属する月の翌月10日まで |
| 労働安全衛生法66条の8の3 | — | 省令で定める方法により労働時間の状況を把握する |