【基本情報の実務】要件整理は、書いてあることを並べる仕事ではない
在庫管理をシステム化したい事務所の受付長から、要件整理の相談が届く。
「薬草の在庫を、今は紙の帳簿で管理しています。書き間違いや数え間違いが多くて、システムにしたいんです。薬草の名前と残りの数、保管棚の場所を記録して、出し入れのたびに数を増やしたり減らしたりできるようにしたい。残りが少ない薬草も一覧で見たいです。使うのは受付係3人で、同時に触ることもあります。パソコンが得意でない人もいるので迷わず使えるとうれしくて、できれば3か月後の収穫祭までに使い始めたいんです。このメモから要件をまとめてもらえますか?」
基本情報の知識がここで力になるのは、このメモに書かれていないことを見つけたときだ。書いてあることを表に並べるのは、写す作業である。あとで問題になるのは、いつも書かれていなかったほうである。この記事では、その探し方から整理する。
まず結論:メモの中身は、3種類が混ざっている
| 種類 | メモの中では | 扱い |
|---|---|---|
| やること | 記録する/増減する/一覧で見る | 作るものが決まる |
| 条件 | 3人が同時に触る/得意でない人がいる | 作り方が決まる |
| 期限 | 3か月後の収穫祭まで | やることの量が決まる |
3つは同じ文章の中に、並んで書かれている。相談する側は分けて話していない。
まずこの仕分けをする。やることだけを拾って表にすると、条件と期限が落ちる。
とくに「3人が同時に触る」は、やることの一覧には現れない。作り方が変わるだけなので、見落とすと作ってから直すことになる。
そしてここまでは、まだ写す作業である。本体はこのあとにある。
抜けは「当たり前だから言わない」ところに出る
要件の抜けは相手が隠していたから起きるのではない。言うまでもないと思っているから起きる。
紙の帳簿でやってきた人にとって間違えたら消して書き直すのは当たり前である。わざわざ「訂正できるようにしてください」とは言わない。
ところが作る側は、言われないと作らない。数を増やす・減らすとは書いてあるが、直すとは書いていない。
同じ形の空白が、このメモにはいくつもある。
- 間違えて入れた数を、直せるか——直した記録は残すか
- 誰が入れたかが分かる必要があるか
- 過去の状態を見たいことがあるか
- 薬草そのものを、あとから増やしたり減らしたりできるか
- 「残りが少ない」の線を、誰がどう決めるか
5つとも紙ならできていたことである。紙にできて、システムにできないと困る。
いま紙でどうしているかを1つずつたどると、この種の空白は見つかる。
聞き方を変える
空白を見つけたら聞き方も変える。
「ほかに必要な機能はありますか」と聞いても、出てこない。当たり前だと思っていることは、思い出せないからである。
効くのは場面を出して聞く形である。
- 「10と入れるところを100と入れてしまったとき、どうしていますか」
- 「お二人が同時に同じ薬草を触ったら、どちらの数が正しいことになりますか」
- 「先月の残りが何本だったかを、あとから聞かれることはありますか」
その場の動きを思い出せる形で聞くと、答えが返ってくる。
そして返ってきた答えが、そのまま要件になる。こちらで案を作って確認してもらうより、正確である。
2つ目の質問はとくに大事である。同時に触る、と書いてあるのに、どうなるべきかは書いていない。あとから決めると、作り直しになるところである。
期限は、要件を削る道具として使う
3か月後の収穫祭まで——これをスケジュールの制約としてだけ扱わない。
期限があるということは入る量が決まっているということである。全部は入らないかもしれない。
そのとき何を落とすかを、こちらで決めない。相手に選んでもらう。
だから要件を並べるときに優先順位を一緒に付けてもらう。
- これが無いと、使い始められない
- 無くても始められるが、早めにほしい
- あとでよい
3段でよい。細かく分けても、選べない。
そして「使い始める」の意味も確かめる。収穫祭の日から紙をやめるのか、並行して使ってみるのかで、必要なものが変わる。
並行でよいなら、最初の版はずっと小さくできる。ここを聞かずに、全部入りで見積もらない。
要件整理の例
在庫管理システム 要件の整理(第1版)
いただいたメモから、3つに分けました
やること(作るもの)
番号 やること 優先 1 薬草の名前・残りの数・保管棚を記録する 必須 2 出し入れのたびに、数を増やす/減らす 必須 3 残りが少ない薬草を、一覧で見る 必須 4 入力した数を、あとから訂正する 要ご確認 5 薬草そのものを、追加・削除する 要ご確認 条件(作り方が決まるもの)
- 受付係3名が、同時に操作する
- パソコンが得意でない方も使う
期限
- 3か月後の収穫祭まで
お聞きしたいことが5つあります
いずれもいま紙でどうされているかを教えていただければ十分です。
- 10と入れるところを100と入れてしまったとき、いまはどうされていますか。
訂正できるようにするかどうかと、訂正した記録を残すかどうかが決まります。- お二人が同時に同じ薬草を触ったら、どちらの数が正しいことになりますか。
「同時に触る」とうかがっているので、ここは先に決めておきたい点です。あとからでは、作り直しになります。- 先月の残りが何本だったかを、あとから聞かれることはありますか。
あるようでしたら、記録の残し方が変わります。- 誰が入力したかは、分かる必要がありますか。
- 「残りが少ない」は、何本を下回ったときでしょうか。薬草ごとに違いますか。
「使い始める」について
収穫祭の日から紙をやめるのか、しばらく紙と両方お使いいただくのかで、3か月で用意するものが変わります。
両方でよろしければ、最初の版はもっと小さくできます。使ってみて足りないところを、そのあと足す進め方です。
優先順位について
上の表の「優先」欄を、必須/早めにほしい/あとでよいの3つでお決めいただけますでしょうか。
3か月に全部入らない場合、何を先に作るかをこちらで決めずに済みます。
3つに分けたことを、見出しで見せた。相手が話した順に並べ直さない。
質問に「いま紙でどうされているか」と添えた。答えやすい形にしている。
質問2に「あとからでは作り直しになります」と書いた。なぜ今聞くのかを添えると、答えが返ってくる速さが変わる。
「使い始める」の意味を確かめた。相手にとっては1つの言葉でも、作る側には2つである。
優先順位は相手に付けてもらった。削るのはこちらの仕事ではない。
作り方の手順
- メモを3つに仕分ける。やること・条件・期限。
- 条件を落とさない。やることの一覧には現れない。
- いま紙でどうしているかをたどる。
- 「当たり前だから言わない」空白を探す。訂正・履歴・担当者。
- 場面を出して聞く。「ほかに必要な機能は」では出てこない。
- なぜ今聞くのかを添える。
- 「使い始める」の意味を確かめる。
- 並行運用でよいかを聞く。最初の版が小さくなる。
- 優先順位を、相手に付けてもらう。3段でよい。
- 削る判断を、こちらでしない。
この場面で効いている基本情報の知識
- 要件定義——書いてあることの整理より、空白を見つけるほうが本体
- 機能と制約——同時操作や利用者の習熟度は、作り方を決める
- 排他制御——同時に触ったときにどうするかは、先に決める
- 優先順位付け——期限があるなら、落とすものを相手が選ぶ
知識そのものより、相手が言わなかったことを、場面の形で引き出せることが、この場面で効いている。
要件整理で外したくないポイント
- メモには3種類が混ざっている。やること・条件・期限。
- 条件は一覧に現れない。落とすと作ってから直すことになる。
- 抜けは「当たり前だから言わない」ところに出る。
- 紙でできていたことは、できないと困る。訂正・履歴。
- 「ほかに必要な機能は」では出てこない。
- 場面を出して聞く。その場の動きを思い出せる形で。
- 同時操作の扱いは、先に決める。あとからは作り直し。
- 「使い始める」の意味を確かめる。
- 並行運用なら、最初の版は小さくできる。
- 優先順位は相手が付ける。削る判断をこちらでしない。