【ITパスポートの実務】社内の注意喚起文、どう書く?──「読まれる前提」で設計しない
情報管理部の担当として、社内メールの作成を頼まれた。
「取引先を装った偽メール(フィッシング)が増えているという報告が入りました。社員に向けて『パスワードの扱い方』と『情報セキュリティの基本』を改めてお願いする社内メールを出すことになりました。呼びかけ文の本文を作成してください。」
ITパスポートの知識がここで力になるのは、「全部は読まれない」という前提から設計できたときだ。抜けなく書こうとするほど長くなり、長くなるほど読まれない。抜けなさと、伝わることは両立しない。この記事では、その割り切り方から整理する。
まず結論:1通で1つだけ伝える
依頼は「パスワードの扱い方」と「情報セキュリティの基本」の2つである。ここをそのまま2つ書くと、どちらも残らない。
社内メールは全部読まれない。件名と最初の数行で、読むかどうかが決まる。そのあと読み進めてもらえても、覚えて帰れるのは1つである。
だから1通で1つにする。今回ならいま起きていること——偽メール——に絞る。
パスワードの話はその中で必要な範囲だけ触れる。「基本」は、いま起きていることと結びつけない限り、読まれない。
依頼者に「2つとも書くと、どちらも残りません。今回は偽メールに絞って、パスワードは関係する部分だけ入れる形でいかがでしょうか」と提案してよい。言われたとおりに全部書くのが、いつも良い仕事ではない。
恐怖で動かさない
注意喚起文でやりがちなのが被害の大きさを強調する形である。効きそうに見えて、逆に働く。
理由は3つある。
①慣れる——強い言葉は、繰り返すと効かなくなる。次に本当に危ないときに使う言葉がなくなる。
②報告が止まる——「重大な事態になります」と書くと、やってしまった人が言い出せなくなる。いちばん知りたい情報が上がってこない。
③動作が決まらない——怖がっても何をすればいいかは分からない。不安だけが残る。
代わりにやることを1つ書く。「気をつけてください」ではなく「メールのリンクからではなく、いつものアプリから確かめてください」のように、その場でできる動作にする。
動作が書いてあると、怖がらせなくても動いてもらえる。
「見分け方」を配らない
注意喚起文によく載るのが見分け方のリストである。日本語が不自然/差出人が見慣れない/リンク先が違う。
これには2つの問題がある。
①長持ちしない——巧妙なものは、これらに当てはまらない。リストに当てはまらなければ本物だ、と判断されてしまう。
②判断を各人に負わせる——見分けるのは難しい。難しい判断を全員に求める形は、うまくいかない。
代わりに「見分けなくて済む方法」を書く。メールに書かれているものを使わず、自分が前から持っている経路で確かめる。
これなら判断が要らない。誰でも同じようにできて、相手が巧妙でも通じる。
注意喚起文に載せるべきは知識ではなく、手順である。
報告が上がる文面にする
注意喚起文の目的は被害を防ぐことだが、防ぎきれないことも起きる。そのとき、早く分かるかどうかで結果が変わる。
だから報告に関する部分を、いちばん丁寧に書く。
- 報告先を明記する
- 責めないと明記する
- 「押してしまった後でも」と書く——ここが抜けやすい
- 迷った段階でもよいと書く
「押してしまった後でも」の一言があるかどうかで、上がってくる件数が変わる。「気をつけましょう」だけの文面では、やってしまった人は相談できない。
そしてこれは文面だけの話ではない。実際に報告した人が責められれば、次から上がってこない。文面は、その運用を約束する場所である。
件名と最初の3行
読まれるかどうかは、ここで決まる。
件名にはいま何が起きているかを入れる。「情報セキュリティについて」では開かれない。「取引先を装った偽メールにご注意ください」のほうが、自分に関係あるかが判断できる。
最初の3行には状況とやることを書く。背景の説明から始めない。
この3行だけ読んで閉じられても、やることが伝わっていれば目的は果たしている。そう設計する。
詳しい説明はその後に置く。読みたい人だけが読む形でよい。
呼びかけ文の例
件名:取引先を装った偽メールにご注意ください(確かめ方をお知らせします)
取引先を装った偽のメールが増えているという報告が入りました。
お願いは1つです。メールに書かれたリンクや電話番号からは、確認しないでください。
確かめたいときは、ご自分でいつものページやアプリを開くか、名刺や契約書に書かれた番号におかけください。
——ここから先は、お時間のあるときにお読みください。——
なぜ「見分け方」をお伝えしないか
「日本語が不自然」「差出人が見慣れない」といった見分け方がよく紹介されます。ただ、最近のものは自然に作られているため、見分けようとすると間違えます。
メールに書かれているものは、リンクも電話番号も返信先も、すべて相手が用意したものです。そこを通る限り、相手の作った場所に着いてしまいます。
ですのでご自分が前から持っている経路——ブックマーク、アプリ、名刺の番号——をお使いください。これなら見分ける必要がありません。
急がせてくるものは、いったん止まってください
「本日中に」「至急」といった書き方は、考える時間と相談する時間を奪うためによく使われます。本当に急ぎなら、確かめても間に合います。
ログイン情報について
ログイン情報を、メールやチャットで送らないでください。正規の連絡で求められることはありません。
また、同じパスワードを複数のサービスで使い回さないでください。1か所から漏れたときに、他も開けられてしまいます。
「もしかして」と思ったら
リンクを押してしまった、情報を入力してしまった——そう思ったら、すぐに◯◯までご連絡ください。
押してしまった後でも構いません。むしろ、そのときこそご連絡ください。早く分かれば打てる手があります。ご連絡いただいた方を責めることはありません。
「これは偽物でしょうか」という段階のご相談も歓迎します。判断せずにお送りいただいて結構です。
お願いを1つに絞り、最初の3行に置いた。ここまで読んで閉じられても、目的は果たしている。
「ここから先は、お時間のあるときに」という区切りを入れた。読む人に、どこまでが必須かを示している。
被害の大きさに触れていない。「重大な事態」「多額の被害」を書いていない。
そして最後の節がいちばん長い。「押してしまった後でも構いません」「むしろ、そのときこそ」まで書いている。
パスワードの話は、偽メールと関係する範囲だけにした。「情報セキュリティの基本」を全部は書いていない。
作り方の手順
- いま何が起きているかを確かめる。
- 1つに絞る。依頼が2つでも、絞る提案をしてよい。
- やることを1つの動作にする。「気をつける」ではなく。
- 件名に、いま起きていることを入れる。
- 最初の3行に、状況とやることを置く。
- 区切りを入れる。どこまでが必須かを示す。
- 見分け方ではなく、確かめ方を書く。
- 恐怖で動かさない。被害の大きさを強調しない。
- 報告の節を、いちばん丁寧に。「押してしまった後でも」を書く。
- 実際にそう運用する。文面だけでは意味がない。
この場面で効いているITパスポートの知識
- フィッシングの手口——なりすまして情報の入力を求める
- 確かめ方——相手が用意した経路を使わない
- パスワードの使い回し——1か所の漏えいが他に及ぶ
- 初動の考え方——早く分かることが結果を変える
- 注意喚起文の設計——全部は読まれない前提で組む
知識そのものより、抜けなさより伝わることを選べることが、この場面で効いている。
案内で外したくないポイント
- 1通で1つ。2つ書くとどちらも残らない。
- 絞る提案をしてよい。言われたとおり全部書くのが良い仕事とは限らない。
- 恐怖で動かさない。慣れる・報告が止まる・動作が決まらない。
- やることを動作で書く。「気をつける」では動けない。
- 見分け方を配らない。長持ちせず、判断を各人に負わせる。
- 確かめ方を渡す。判断が要らない形にする。
- 件名にいま起きていること。「〜について」では開かれない。
- 最初の3行で目的を果たす。そこで閉じられる前提で。
- 報告の節をいちばん丁寧に。「押してしまった後でも」を必ず書く。
- 文面は運用の約束。実際に責めない。