【ITパスポートの実務】DXを経営会議で説明する──「今までもやってきた」と言われないために
経営会議の事務局から、説明資料の相談が届く。
「最近よく聞く『DX』について、経営会議で説明することになりました。ただ、言葉だけが先行していて、何のために進めるのかがうまく伝わりません。経営陣に向けて、意義が腑に落ちる説明文を作りたいんです。あおらず、前向きに一歩を踏み出せるトーンにしたくて。どうまとめればいいでしょうか?」
この説明でいちばん多い結末が「それは今までもやってきた」である。ITパスポートの知識がここで力になるのは、これまでやってきたことと、どこが違うのかを一本の線で切れたときだ。この記事では、その線の引き方から整理する。
まず結論:線は「仕事のやり方を変えるか」で引く
| これまで(IT化) | DXと呼ばれているもの | |
|---|---|---|
| 変えるもの | 道具 | 仕事のやり方 |
| 例 | 手書きの台帳を、表計算にする | 在庫を見て発注する仕事自体を、無くす |
| 決める人 | 現場と情報システム | 経営 |
| 難しいところ | 使えるようになること | やめる判断 |
この表の1行目だけを伝えれば足りる。道具を変えるのか、やり方を変えるのかである。
手書きの台帳を表計算にするのはIT化である。やっていること自体は同じで、道具が速くなっている。
DXと呼ばれているのはその先である。数えて、書いて、発注する——という仕事の組み立て自体を変える。
この線を引くと「今までもやってきた」に答えられる。やってきたのは道具のほうです、と言える。
そして4行目が、この説明のいちばん大事なところになる。
難しいのは技術ではなく、やめる判断
DXが進まない理由を技術や人材の不足として説明すると、「では詳しい人を採ろう」で話が終わる。
実際に止まるのはそこではない。
やり方を変えるということはいまやっている作業を、やめるということである。その作業には担当がいて、意味があって、続いてきた理由がある。
やめてよいかどうかは、技術の問題ではない。経営の判断である。
だから情報システムの部門に任せると、道具の入れ替えで止まる。やめる権限が、そこには無いためである。
ここを説明すると「なぜ経営会議で説明しているのか」に答えが出る。報告ではなく、判断をお願いしているという形になる。
「なぜ今か」を、あおらずに書く
「なぜ今か」は必ず聞かれる。ここで「遅れると取り残されます」と書くと、あおる形になる。
あおる説明には2つの困りがある。根拠を示しにくいことと、決めた理由が「怖いから」になることである。怖さで決めたものは、続かない。
あおらずに書ける。「今のほうが安い」という形にする。
やり方を変える仕事は余裕があるときにしかできない。困ってから始めると、日常を回しながら変えることになる。同じことをするのに、人手も時間も余計にかかる。
そして選べる範囲も違う。余裕があるうちは、やめる作業も、順番も、こちらで決められる。
これは危機ではなく、値段の話である。経営会議で扱いやすい形でもある。
目的を「デジタル化」に置かない
説明資料でいちばん起きやすい失敗が、目的が「デジタル化すること」になっていることである。
そう書くと何をもって達成なのかが決まらない。導入した数が成果になり、使われているかは見なくなる。
目的はその先に置く。お客様に対して何が変わるか、働く人にとって何が減るかである。
- お問い合わせの返答が、翌日から当日になる
- 月末の締めに、二日かかっていたのが半日になる
- 同じ内容を、三か所に入力しなくてよくなる
3つともできたかどうかが分かる。デジタル化したかどうかは、そのための手段になっている。
そして測り方を、始める前に決めておく。あとから決めると、うまくいった指標が選ばれる。
説明文の例
DXについて(経営会議 説明資料)
1. これまでとの違い
当社はこれまでも、紙を電子にする、手作業を自動にするといった取り組みを進めてきました。これはIT化にあたります。やっていること自体は変えず、道具を速くする取り組みです。
DXと呼ばれているのは、仕事のやり方そのものを変えるほうです。
たとえば在庫の管理でいえば、台帳を表計算にするのがIT化で、在庫を見て発注するという仕事自体を無くすのがDXです。
2. なぜ経営会議でご説明しているか
やり方を変えるということは、いまやっている作業をやめるということです。
その作業には担当がおり、続いてきた理由があります。やめてよいかどうかは、技術ではなく経営のご判断です。
情報システムの部門だけに任せると、道具の入れ替えで止まります。やめる権限がそこには無いためです。
本日は、ご報告ではなくご判断をお願いする議題です。
3. なぜ今か
遅れると取り残される、というお話ではありません。根拠を示しにくいうえ、怖さで決めたものは続かないためです。
今のほうが安く済む、というお話です。
やり方を変える仕事は、余裕があるときにしかできません。困ってから始めると、日常を回しながら変えることになり、人手も時間も余計にかかります。
そして余裕があるうちは、やめる作業も順番も、こちらで選べます。
4. 何を目指すか
「デジタル化すること」を目的には置きません。それでは、導入した数が成果になり、使われているかを見なくなります。
目的は、次のような形で置きます。
- お問い合わせの返答を、翌日から当日に
- 月末の締めを、二日から半日に
- 同じ内容を三か所に入力する作業を、無くす
いずれも、できたかどうかが分かる形です。測り方は、始める前に決めておきます。
5. 次の一歩(ご判断いただきたいこと)
- 最初に取り組む業務を1つ、お決めください。全社一斉には進めません。
- その業務で「やめてよい作業」の範囲を、お決めください。ここが本日の中心です。
- いつ見直すかを、お決めください。◯か月後に、続けるか止めるかを判断します。
止める判断を先に決めておくことをご提案します。始めるときに決めておかないと、うまくいっていないものを続けることになります。
1番目で線を引いた。「今までもやってきた」への答えを、最初に置いている。
2番目が、この資料の存在理由である。なぜこの場で話しているのかを説明すると、議題の性格が決まる。
「ご報告ではなくご判断」と明記した。聞くだけの議題にしない。
3番目であおらないと宣言してから、値段の話にした。宣言すると、あおらないことが姿勢として伝わる。
5番目に止める判断を入れた。始める提案に、やめ方が入っていると通りやすい。
作り方の手順
- 「今までもやってきた」への答えを、最初に用意する。
- 道具を変えるのか、やり方を変えるのかで線を引く。
- 具体例を1つ置く。台帳と発注のような、身近な例。
- なぜこの場で話すのかを説明する。
- やめる判断は経営のものだと示す。
- 「報告ではなく判断」と明記する。
- あおらないと宣言してから、理由を述べる。
- 「今のほうが安い」の形にする。危機の話にしない。
- 目的をデジタル化に置かない。測れる形にする。
- 止める判断を、始める前に決める。
この場面で効いているITパスポートの知識
- IT化とDXの違い——道具を変えるのか、仕事のやり方を変えるのか
- 経営戦略との関係——やめる判断は、技術ではなく経営の領域
- 効果測定——測り方を、始める前に決めておく
- 段階的な推進——全社一斉ではなく、1つの業務から
知識そのものより、「今までもやってきた」に一本の線で答えられることが、この場面で効いている。
説明で外したくないポイント
- 線は「仕事のやり方を変えるか」で引く。
- 台帳を表計算にするのはIT化。分かりやすい例を1つ置く。
- 難しいのは技術ではなく、やめる判断。
- だから経営の議題になる。資料の存在理由を説明する。
- 「報告ではなく判断」と明記する。
- あおらない。取り残される、を使わない。
- 「今のほうが安い」の形にする。
- 余裕があるうちは、選べる。ここが値打ち。
- 目的をデジタル化に置かない。測れる形に置く。
- 止める判断を、始める前に決める。