【ITパスポートの実務】コンプライアンスの周知文──全員が「自分は違反していない」と思っている
総務の担当から、コンプライアンスの社内周知文について相談が届く。
「改めて、コンプライアンス(法令やルールを守ること)について全社員へお願いする文書を出すことになりました。ただ、堅くすると誰も自分ごとにしてくれないし、かといって軽くしすぎるのも違う気がします。難しく身構えずに読める、でも大事なところは伝わる周知文にしたいんです」
「堅いか、軽いか」で考えると、この文書はどちらにしても届かない。届かない理由は文体ではない。読む人の全員が「自分のことではない」と思って読み始めるからである。この記事では、そこをどう外すかから整理する。
まず結論:宛先が、自分だと思われていない
| 周知文の見え方 | 実際に起きていること |
|---|---|
| 悪いことをしないように、という文書 | 悪意でやる人は、ほとんどいない |
| 禁止事項の一覧 | やっている人は、禁止だと思っていない |
| 「迷ったら相談を」 | 迷っていないので、相談しない |
3つとも周知文としては正しい。それでも効かない。
実際に起きることの多くは「よかれと思って」か「前からそうしていて」である。本人の中では、正しいことをしている。
だから禁止事項を並べても、自分に当てはめない。そこに書いてあるのは、悪意のある人の話に見える。
周知文の仕事は「してはいけないこと」を伝えることではない。「これは、立ち止まる場面です」と分かるようにすることである。
「迷ったら相談」が動かない理由
周知文のほぼ全部に「迷ったら相談してください」が入っている。ほとんど使われない。
理由は単純で、迷っていないからである。
迷うには「ここは判断が要る場面だ」と気づいている必要がある。気づいていなければ、そのまま進む。本人にとっては、いつもどおりの仕事である。
だから渡すべきは、相談先ではなく「立ち止まる合図」になる。
合図は抽象的だと働かない。「法令に反するおそれがある場合」では、反すると分かっている人にしか効かない。
効くのは状況の形で書いたものである。「急いでいて、いつもの手順を1つ飛ばそうとしているとき」——これは自分に起きているかどうかが、その場で分かる。
合図は「悪意のない形」で書く
合図を並べるとき、全部を「善意の形」で書くと届き方が変わる。
- お客様のために、例外にしようとしているとき
- 急いでいて、確認を1つ飛ばそうとしているとき
- 前からそうしているので、確かめずに続けているとき
- 頼まれて、自分の担当の外のことをしようとしているとき
4つともやっている本人は、良いことをしているか、当たり前のことをしている。
この形で書くと「自分のことだ」と思う人が出る。禁止事項の一覧では、誰も手を挙げない。
そして責める形になっていない。「お客様のために」も「急いでいて」も、責められる理由が無い。
周知文が読まれるかどうかはここで決まる。自分が悪者として書かれている文書は、最後まで読まれない。
決めのほうがおかしいときに、言える形
ここが周知文でいちばん抜けやすく、いちばん大事なところである。
コンプライアンスは「決めたとおりにやる」だけの話に見える。もう半分がある。決めのほうが実情に合っていないときに、そう言えることである。
手順が現場に合っていないとき、起きるのは2つのうちどちらかである。
- 言われて、直る
- 言われずに、黙って回避される
後者がいちばん困る。回避は記録に残らないので、何が起きているか分からなくなる。手順どおりに動いているように見えて、実際は動いていない。
だから周知文には「この手順、実情に合っていません」と言ってよいと書く。
そして言った人に何が起きるかまで書く。「守れていないことを申告した形になるのでは」と読まれるためである。
その心配を、文書のほうから先に外す。外さないと、言われずに回避される側に倒れる。
周知文の例
コンプライアンスについて(全社のみなさまへ)
はじめに
この文書は、悪いことをしないでください、というお願いではありません。
実際に問題になることの多くは、「よかれと思って」か「前からそうしていて」から起きています。そのときは、正しいことをしているつもりです。
ですのでこの文書では、「ここは立ち止まる場面です」という合図をお伝えします。
立ち止まっていただきたい4つの場面
- お客様のために、例外にしようとしているとき
- 急いでいて、確認を1つ飛ばそうとしているとき
- 前からそうしているので、確かめずに続けているとき
- 頼まれて、ご自分の担当の外のことをしようとしているとき
4つとも、やっていることに悪気はありません。だからこそ、気づきにくい場面です。
心当たりがあっても、いま何かが起きているわけではありません。次にその場面が来たとき、一度だけ手を止めていただければ十分です。
立ち止まったら
◯◯までお声がけください。「これ、いいんでしたっけ」で構いません。
お答えできないときは、こちらで調べます。その場でお答えできないことのほうが多いと思います。
もう半分のお願いです
コンプライアンスは、決めたとおりにやることだけではありません。決めのほうが実情に合っていないときに、そう言っていただくことも含みます。
手順が実際の仕事に合っていないとき、起きることは2つです。言われて直るか、黙って回避されるかです。
こちらが困るのは、後のほうです。回避は記録に残らないので、何が起きているか分からなくなります。手順どおりに動いているように見えて、実際は動いていない状態になります。
ですので、「この手順、実情に合っていません」とお伝えください。
お伝えいただいた方が、守れていないことを申告した扱いになることはありません。合っていない手順を教えていただくのは、こちらの仕事を助けていただくことです。
すでに起きてしまったことについて
気になっていることがある場合も、◯◯までお知らせください。
早くお知らせいただくほど、打てる手が多く残ります。お知らせいただいた方を責めることはありません。
「悪いことをしないでください、というお願いではありません」から始めた。宛先が自分だと思ってもらうためである。
合図を4つとも善意の形で書いた。誰も悪者になっていない。
「いま何かが起きているわけではありません」を添えた。心当たりがある人を、その場で不安にさせない。
相談の言葉を「これ、いいんでしたっけ」と具体的に書いた。言い方まで渡すと、敷居が下がる。
「その場でお答えできないことのほうが多い」とも書いた。即答できる相談だけが来ると、難しいものが来なくなる。
そして「申告した扱いにならない」を明記した。ここを書かないと、後半は読まれても使われない。
作り方の手順
- 宛先が自分だと思われていないことを、前提にする。
- 「悪いことをしない文書ではない」と冒頭で言う。
- 禁止事項の一覧をやめる。当てはめてもらえない。
- 「立ち止まる合図」を渡す。
- 合図を、状況の形で書く。その場で分かる形にする。
- 全部を善意の形で書く。誰も悪者にしない。
- 心当たりがある人を、その場で不安にさせない一言を添える。
- 相談の言い方まで渡す。敷居を下げる。
- 決めがおかしいときに言えると書く。もう半分。
- 言った人が申告扱いにならないと明記する。
この場面で効いているITパスポートの知識
- コンプライアンス——決めたとおりにやることと、決めを直すことの両方
- 内部統制——回避が記録に残らないと、実態が見えなくなる
- 周知と教育——禁止の列挙ではなく、判断が要る場面を渡す
- 報告のしやすさ——早く出るほど、打てる手が多い
知識そのものより、「自分は違反していない」と思って読み始める人に、どう届けるかが、この場面で効いている。
周知で外したくないポイント
- 全員が自分のことではないと思って読む。文体の問題ではない。
- 多くは悪意ではない。よかれと思って、前からそうしていて。
- 禁止事項は当てはめてもらえない。
- 「迷ったら相談」は動かない。迷っていないから。
- 立ち止まる合図を、状況の形で渡す。
- 合図は善意の形で書く。誰も悪者にしない。
- 相談の言い方まで渡す。「これ、いいんでしたっけ」。
- 決めがおかしいときに言えるのが、もう半分。
- 黙って回避されるのが、いちばん困る。記録に残らない。
- 言った人が申告扱いにならないと、文書のほうから書く。