【ITパスポートの実務】クラウドは「置き場所」ではなく「動かし続けてもらうこと」を買っている
町の小さな商会の店主から、クラウドサービスについての相談が届く。
「店主と従業員3名の小さな商会です。売上や在庫のデータは店の奥のパソコン1台にだけ保存してきました。最近は、別の場所にいても在庫を確認したい、パソコンが壊れたらデータが全部消えるのが不安、でも専任のシステム担当を雇う余裕はない、という悩みが出てきました。知り合いに『クラウドサービスを使うといい』と聞いたのですが、何が良くて、導入前に何を気をつければいいのか分かりません。うちのような小さな商会でも大丈夫でしょうか」
最後の一文が、この相談の中心にある。「うちのような小さな商会でも大丈夫か」——ITパスポートの知識がここで力になるのは、この問いの向きを変えられたときだ。小さいから心配なのではなく、小さいからこそ向いている。この記事では、その説明の仕方から整理する。
まず結論:買っているのは、置き場所ではない
| そう見えるもの | 実際に買っているもの |
|---|---|
| データの置き場所 | 動かし続けてもらうこと |
| 安いパソコンの代わり | 機器の入れ替え・故障対応・更新の作業 |
| 便利な機能 | 専任の担当がいなくても止まらない状態 |
クラウドを「外にあるハードディスク」として説明すると、「うちのパソコンで足りている」という結論になりやすい。実際、置き場所としてなら足りている。
本当に手に入るのは運用のほうである。機器が古くなったら入れ替える、壊れたら直す、安全上の更新を当てる——これを誰かがやり続けていることを買っている。
だから「専任の担当を雇う余裕がない」は、やめる理由ではなく、選ぶ理由になる。
この向きの変え方が、この提案でいちばん効く一言である。
同期は、バックアップではない
ここは提案する側が誤解を渡してしまいやすいところである。
「クラウドに置けばパソコンが壊れても大丈夫」——機器の故障については、そのとおりである。
ところが誤って消した場合は、別になる。手元で消すと、その「消した」が向こうにも伝わる。同じ状態に揃えるのが同期のはたらきだからである。
つまり同期は「どこから見ても同じ」を作るものであって、「前の状態を残す」ものではない。
多くのサービスには一定期間、前の版に戻せるしくみが付いている。ただしどれくらい残るかはサービスによって違う。
だから提案では「何日前まで戻せるか」を確かめると書く。「クラウドだから安心」で止めない。
入るときに、出方を確かめる
導入前にいちばん確かめておきたいのがやめるときのことである。
順番が奇妙に見えるが、理由がある。やめたくなってからでは、条件を選べない。
- 解約したあと、データを自分の手元に取り出せるか
- 取り出したものが、他で開ける形か——そのサービスでしか読めない形だと、持ち出せても使えない
- 解約後、いつまで置いておいてもらえるか——すぐ消える場合がある
3つとも契約前なら、資料に書いてあるか、聞けば分かる。あとからでは変えられない。
あわせて止まったときの連絡先を確かめる。自分では直せないのがクラウドだからである。
これは欠点ではない。直してもらうことを買っているのだから、直せないことが正しい。ただし、どこへ言えば直るのかは知っておく。
預けても、自分の側に残るもの
売上や在庫のデータにお客様の情報が含まれる場合、確かめておきたいことがある。
個人情報保護法25条は、こう定めている。
(委託先の監督)
第二十五条 個人情報取扱事業者は、個人データの取扱いの全部又は一部を委託する場合は、その取扱いを委託された個人データの安全管理が図られるよう、委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。
読みどころは「監督を行わなければならない」が委託した側に残っているところである。
預けたら、そちらの責任になる——とは書かれていない。預けたうえで、監督するという形になっている。
ただしクラウドの利用が、この「委託」にあたるかどうかは、契約の内容によって分かれる。事業者がその情報を取り扱うことになっているかどうかが関わる。ここは個人情報保護委員会の資料でご確認いただくところである。
提案では「あたるかどうか」を断定しない。そのうえで「あたる場合、監督する義務はこちらに残る」と書いておく。
そして監督といっても難しいことではない。どんな安全対策をしているかの説明を、事業者から受け取っておく——小さな商会なら、まずそこからでよい。
提案文の例
クラウドサービスについて(ご検討の材料として)
「うちのような小さな商会でも大丈夫か」について
先にここからお答えします。小さいから心配、ではありません。
クラウドで手に入るのは、置き場所というより「動かし続けてもらうこと」です。機器が古くなったら入れ替える、壊れたら直す、安全上の更新を当てる——これを誰かがやり続けてくれます。
専任の担当を置く余裕がない、というお話でしたが、それはやめる理由ではなく、選ぶ理由のほうです。
ご相談の3つに、それぞれお答えします
①別の場所から在庫を見たい —— これはそのまま叶います。店の奥のパソコンを開かなくても、手元の端末から見られます。
②パソコンが壊れたらデータが消えるのが不安 —— 機器の故障については、解決します。データは店の外にもあるためです。
ただし1つだけ、正確にお伝えします。誤って消した場合は別です。手元で消すと、その「消した」が向こうにも伝わります。同じ状態に揃えるのが、そのしくみだからです。
多くのサービスには一定期間、前の状態に戻せるしくみがあります。何日前まで戻せるかを、契約前にご確認ください。
③専任の担当を置けない —— 上に書いたとおりで、ここがいちばん向いている点です。
契約の前に、確かめておきたいこと
- やめたとき、データを取り出せますか。取り出したものが、他のソフトで開ける形かどうかも合わせて。
- 解約後、いつまで置いておいてもらえますか。
- 何日前まで、前の状態に戻せますか。
- 止まったとき、どこに連絡すればよいですか。
4つとも契約前なら聞けば分かりますが、あとからは変えられません。とくに1番目は、始めるときにしか確かめられない項目です。
止まったら自分で直せないのでは、というご心配について
そのとおりで、直せません。ただ、直してもらうことを買っているので、そこは想定どおりです。どこへ言えば直るのかを、先に控えておきましょう。
お客様の情報について
売上や在庫にお客様の情報が含まれる場合、個人情報保護法25条に「委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督」という定めがあります。
預けたら向こうの責任になる、とは書かれていません。預けたうえで監督する、という形です。
クラウドの利用がこの「委託」にあたるかどうかは、契約の内容によって分かれます。個人情報保護委員会の資料でご確認いただくのが確実です。
あたる場合でも、まずはどんな安全対策をしているかの説明を、事業者から受け取って保管しておく——ここからで十分です。
最後の一文から答えた。「大丈夫でしょうか」は、いちばん聞きたいことである。説明のあとに置くと、そこまで読んでもらえない。
相談の3つに、番号を振って個別に答えた。3つ挙げた方は、3つとも答えが欲しい。
②で「1つだけ、正確にお伝えします」と断りを入れた。良い話の途中で、条件を1つ足している。全部が解決すると書くと、あとで信用を失う。
確認事項を質問文の形にした。そのまま事業者に聞ける。
そして「直せません」と正面から書いた。欠点を認めたうえで、それが買ったものだと説明するほうが通る。
作り方の手順
- 相談の最後の一文を探す。たいてい、いちばん聞きたいことがある。
- そこから答える。
- 「置き場所」ではなく「運用」だと言い換える。
- 不安を、選ぶ理由に変える。担当がいないからこそ向いている。
- 挙がった悩みに、番号で個別に答える。
- 解決しない部分を1つ、正確に書く。同期は前の状態を残さない。
- 確認事項を、質問文の形にする。そのまま聞ける。
- やめ方を、始める前に確かめる。あとからでは選べない。
- 欠点を認める。直せないことが、買ったものの裏返しだと説明する。
- 自分の側に残る義務を書く。断定できない部分は、確認先を示す。
この場面で効いているITパスポートの知識
- クラウドサービス——買っているのは置き場所ではなく、運用
- 同期とバックアップの違い——同期は状態を揃える。前の状態は残らない
- ベンダーロックイン——取り出せる形かどうかを、入るときに確かめる
- 委託先の監督——個人情報保護法25条。預けても監督は残る
知識そのものより、「小さいから心配」を「小さいから向いている」に置き換えられることが、この場面で効いている。
提案で外したくないポイント
- 買っているのは運用。置き場所として説明すると、要らない結論になる。
- 専任がいないことは、選ぶ理由。不安の向きを変える。
- 同期はバックアップではない。消したことも伝わる。
- 何日前まで戻せるかを、契約前に確かめる。
- やめ方を、始める前に確かめる。
- 取り出せる形かまで見る。持ち出せても開けないことがある。
- 止まったときの連絡先を控えておく。
- 直せないのは想定どおり。欠点として謝らない。
- 25条の監督は、預けた側に残る。
- 「委託にあたるか」は断定しない。確認先を示す。