【ITパスポートの実務】バックアップは「取ること」より「戻せること」──小さな事務所の方針を提案する
小さな事務所の担当者から、バックアップの相談が届く。
「5人の小さな事務所です。売上台帳や顧客の連絡先などのデータは、全部1台の事務所PCに保存しています。バックアップは月に一度、思い出したときにPCの横の外付けハードディスク1台へコピーするだけ。そのディスクもPCと同じ机の上に置きっぱなしです。他所が火事や盗難でデータをまるごと失ったと聞いて不安になりました。どう変えたらよいでしょうか?」
ITパスポートの知識がここで力になるのは、「取れているか」ではなく「戻せるか」で見直せたときだ。いまの運用にもバックアップは存在している。それでも危ういのは、戻せる保証がどこにも無いからである。この記事では、その見直し方を整理する。
まず結論:3-2-1は、3つ別々の失敗に効いている
| 3-2-1 | どの失敗に効くか | いまの運用では |
|---|---|---|
| コピーを3つ | 1つが壊れても、まだ残っている | 本体+1つ=2つ |
| 媒体を2種類 | 同じ種類がまとめて壊れる/同じ操作で両方消える | 1種類のみ |
| 1つは別の場所 | 場所ごと失う(火事・盗難・水害) | 同じ机の上 |
3-2-1を「3つの決まりごと」として覚えると続かない。3つとも、違う失敗に対する備えである。
相談者が心配している火事や盗難に効くのは3つのうち「別の場所」だけである。コピーを4つに増やしても、同じ机の上なら1つも残らない。
だから最初の一手は「別の場所」になる。いちばん気にしていることに、いちばん効く順で提案する。
「思い出したとき」が、いちばんの弱点
置き場所と同じくらい大事なのが「月に一度、思い出したとき」という部分である。
これは人の記憶に依存した設計になっている。忙しい月ほど飛ぶし、飛んだこと自体に気づかない。
そして気づくのは、失ったときである。「最後にコピーしたのはいつだったか」を、そのとき初めて確かめることになる。
だから自動でコピーされる形に変える。意志で守るものは戻るが、形で守るものは戻らない。
合わせて「いつコピーされたか」が見えるようにしておく。自動にしたつもりで、静かに止まっているということが起きる。止まったら分かるところまでが、自動化である。
上書き1つでは、戻せない場面がある
いまの運用は同じディスクへコピーする形なので、前回の内容が上書きされていると思われる。手元にあるのは、いつも「最後にコピーした1つ」だけである。
これで戻せない場面が2つある。
- 誤って消したことに、あとから気づいた——気づく前にコピーが走ると、消えた状態が保存される
- データが壊れていることに、あとから気づいた——同じく、壊れた状態で上書きされる
どちらもディスクは正常で、コピーも成功している。それでも戻したい状態が、どこにも残っていない。
だから世代を残す。「先週の分」「先月の分」が残っていれば、気づくのが遅れても戻れる。
何世代残すかは「気づくまでにどれくらいかかりそうか」で決める。月に一度しか触らない台帳なら、数か月分あったほうが安心できる。
戻せることを、一度確かめる
ここがいちばん抜けやすい。コピーが取れていることと、そこから戻せることは別である。
実際に起きることとして、こういう形がある。
- コピー先のフォルダは途中から作られていなかった
- ファイルはあるが開くのに要るソフトが、もう手元にない
- 暗号化してあるが、鍵の控えがPCの中にしかない
3つとも失ってから分かる形をしている。取るときには何も起きないためである。
だから一度、戻してみる。全部でなくてよい。台帳を1つ、別の場所に取り出して開けるかを確かめる。
そして年に一度は繰り返す。機器やソフトが変わると、戻せなくなっていることがある。
提案ではここを1行で終わらせない。復旧テストは、方針の付け足しではなく中心である。
顧客の連絡先が入っている、という点
この事務所のデータには顧客の連絡先が含まれている。ここは不便かどうかの話ではなくなる。
個人情報保護法23条は、こう定めている。
(安全管理措置)
第二十三条 個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。
「漏えい」だけではない。「滅失」——失うこと——も並んでいる。
安全管理措置というと持ち出しや流出を防ぐ話と受け取られやすいが、条文は失うことも同じ行に置いている。バックアップは、まさにここにあたる。
提案ではこれを脅しに使わない。「法律違反です」と書くと、相談してきた方が責められた形になる。
そうではなく「取り組む理由が、不便を避けること以外にもある」と示す。費用や手間をかける説明が、そのぶん通りやすくなる。
提案文の例
バックアップの見直しについて
ご相談ありがとうございます。いまも月に一度コピーを取っておられるので、何もない状態からの出発ではありません。足りない部分を、順番に足していく形でご提案します。
いま気にしておられる「火事・盗難」に効くのは1つです
コピーを増やしても、同じ机の上にある限り、一緒に失われます。まず変えたいのは置き場所です。
コピーのうち1つを、事務所の外に置いてください。クラウドの保存サービスをお使いいただくか、外付けディスクをもう1台用意して、担当の方が持ち帰る形でも構いません。
次に、コピーが自動で走る形にします
「思い出したとき」という運用は、忙しい月ほど飛びます。そして飛んだことに気づけません。
日時を決めて自動でコピーされる設定にしてください。あわせて最後にコピーされた日時が見えるようにしておきます。静かに止まっていることがあるためです。
「先週の分」も残してください
いまの形は上書きなので、手元には最後にコピーした1つしかありません。
誤って消したことに翌週気づいた場合、消えた状態がコピーされています。「先週の分」「先月の分」が残っていれば、そこから戻せます。
いちばん大事なお願いです
一度だけ、戻してみてください。
台帳を1つ、コピーから取り出して開けるかをご確認ください。コピーが取れていることと、そこから戻せることは別で、戻せないと分かるのは、たいてい失ったあとです。
この確認は年に一度繰り返してください。機器やソフトが変わると、戻せなくなっていることがあります。
取り組む理由について
お預かりしている連絡先は、個人情報保護法の安全管理措置の対象です。同法23条は「漏えい、滅失又は毀損の防止」と定めていて、失うことも並んで書かれています。
持ち出しを防ぐ話だけではない、ということです。費用や手間をかける理由として、ご説明いただけます。
進め方
全部を一度に変えなくて構いません。置き場所 → 自動化 → 世代 → 復旧テストの順で、1つずつで十分です。
「何もない状態からの出発ではありません」から始めた。いまの運用を否定しない。月に一度でも取っている方に「それでは駄目です」と返すと、次の相談が来なくなる。
気にしておられることに、いちばん効く一手を先頭に置いた。3-2-1を先に並べると、3つとも同じ重さに見える。
復旧テストを「いちばん大事なお願い」と書いた。後ろに置くと読み飛ばされるところである。
条文は最後に、理由として置いた。先頭に置くと脅しになる。
そして順番で締めた。全部やる提案は、何もやらない結果になりやすい。
作り方の手順
- いまの運用のどこが効いているかを先に見る。否定から入らない。
- 相談者が気にしていることを特定する。ここでは火事・盗難。
- それに効く一手を選ぶ。3つのうち「別の場所」。
- それを先頭に置く。
- 人の記憶に依存している部分を探す。「思い出したとき」。
- 自動化し、止まったら分かる形にする。
- 上書きで戻せない場面を説明し、世代を残す。
- 復旧テストを中心に置く。付け足しにしない。
- 個人データが含まれるかを確かめ、含むなら23条を理由として添える。
- 取り組む順番で締める。一度に全部にしない。
この場面で効いているITパスポートの知識
- 3-2-1——コピー3つ・媒体2種・1つは別の場所。それぞれ別の失敗に効く
- 世代管理——上書き1つでは、気づくのが遅れると戻せない
- 復旧テスト——取れていることと、戻せることは別
- 安全管理措置——個人情報保護法23条。漏えいだけでなく滅失も対象
知識そのものより、「取れているか」を「戻せるか」に置き換えて見直せることが、この場面で効いている。
提案で外したくないポイント
- 3-2-1は3つ別々の失敗に効く。まとめて覚えない。
- 火事・盗難に効くのは「別の場所」だけ。数を増やしても効かない。
- 「思い出したとき」は設計の弱点。人の記憶に依存している。
- 止まったら分かるところまでが自動化。
- 上書き1つでは、遅れて気づいた誤削除に戻せない。
- 世代数は「気づくまでの時間」で決める。
- 復旧テストは方針の中心。一度戻してみる。
- 年に一度繰り返す。機器やソフトが変わる。
- 23条は「滅失」も義務にしている。漏えいだけの話ではない。
- 条文を脅しに使わない。理由として最後に置く。