【行政書士の実務】任意後見契約──結んだ日と、始まる日が違う
ひとり暮らしの相談者から、将来への備えについて相談が届く。
「今は元気ですが、将来もし自分で物事を判断できなくなったとき、信頼できる人に財産の管理などを任せたいです。『任意後見』という仕組みがあると聞きました。どういうもので、どう準備するのか教えてください。」
「元気なうちに、信頼できる人に頼んでおける制度です」で、答えは合っている。行政書士の知識がここで力になるのは、その先の結んだ日と始まる日が違うという一点を、条文で説明できるときだ。この記事では、契約から効力が生じるまでの道筋と、途中で分かれる判断を整理する。
まず結論:「効力は監督人の選任から」は、定義に書かれている
任意後見契約に関する法律2条1号は、任意後見契約そのものをこう定義している。
任意後見契約 委任者が、受任者に対し、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における自己の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を委託し、その委託に係る事務について代理権を付与する委任契約であって、第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる旨の定めのあるものをいう
読みどころが2つある。1つは、効力の始まり方が定義の中に書き込まれていることだ。「監督人が選ばれてから効力が生じる」という定めが入っていない契約は、この法律のいう任意後見契約にならない。効力の生じ方は特約ではなく、制度の骨格そのものになっている。
もう1つは、「代理権を付与する委任契約」という言葉だ。ここが後で効いてくる(→「取消権のない備え」)。
3つの段を、順に上がる
| 段 | 何をするか | 根拠 |
|---|---|---|
| ①契約 | 誰に何を任せるかを決め、公正証書で契約する | 3条 |
| ②登記 | 契約が登記される | 4条1項(「登記されている場合において」) |
| ③発効 | 判断能力が不十分になったとき、家庭裁判所が任意後見監督人を選任する。ここで効力が生じる | 2条1号・4条1項 |
相談で誤解が生まれるのは①と③のあいだだ。契約書を作った時点では、受任者はまだ何の代理権も持っていない。2条3号は、監督人が選任される前の受任者を「任意後見受任者」、選任後を「任意後見人」(4号)と、言葉のうえで分けている。呼び名が変わる場所が、権限の変わる場所になっている。
方式は、公正証書だけ
3条は短い。
任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない。
「してもよい」ではなく「しなければならない」だ。手書きの覚書や、当事者だけで作った契約書では、この制度に乗らない。ここは案内の早い段階で伝えておくと、相談者が持ち込んだ書面をめぐる行き違いを避けられる。
分かれ目その1:本人以外が申し立てるときは、本人の同意が要る
4条1項は、監督人の選任を請求できる人を本人、配偶者、四親等内の親族又は任意後見受任者としている。そして3項がこう続く。
第一項の規定により本人以外の者の請求により任意後見監督人を選任するには、あらかじめ本人の同意がなければならない。ただし、本人がその意思を表示することができないときは、この限りでない。
この条文は、実務の順番を決めている。判断能力が下がってきた段階で家族が動こうとすると、まず本人の同意が要る。同意が取れる状態かどうかで手続が変わり、取れない状態ならただし書に乗る。
だから案内では、契約を作る日に「その時が来たら、誰が家庭裁判所に申し立てるのか」まで決めておくことをすすめる。契約書に受任者の名前が書いてあっても、動き出す人を決めていなければ、誰も動かないまま時間が過ぎる。制度が止まる場所は、条文の外にある。
分かれ目その2:頼めない人・監督人になれない人がいる
「息子に頼みたい」「同居の家族に監督人もお願いしたい」という希望は、条文で止まることがある。
| 誰について | 条文 | 中身 |
|---|---|---|
| 受任者 | 4条1項3号 | 民法847条各号(4号を除く)に掲げる者、本人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者・直系血族、不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者のときは、監督人を選任しない |
| 監督人 | 5条 | 任意後見受任者又は任意後見人の配偶者、直系血族及び兄弟姉妹は、任意後見監督人となることができない |
5条は覚えやすい形をしている。見られる人の身内は、見る人になれない。監督が働くための当たり前を、条文にしたものだ。「家族で完結させたい」という希望には、この線を先に示す。
分かれ目その3:取消権のない備えだと知って選ぶ
2条1号に戻る。任意後見契約は「代理権を付与する委任契約」だった。与えられるのは代理権であって、本人がした契約を取り消す権限ではない。
法定後見の側と並べると違いがはっきりする。民法9条は、成年被後見人の法律行為について「取り消すことができる」と定めている(日用品の購入その他日常生活に関する行為を除く)。保佐でも、同意を得ないでした一定の行為は取り消すことができる(民法13条4項)。
この差が出るのは、本人が不要な契約を結んでしまった後の場面だ。任意後見人は、本人に代わって契約することはできるが、本人が自分で結んだ契約を後から取り消すことはできない。ここが効いてくるなら、法定後見という選択肢が視野に入る。「自分で相手と内容を決められる」ことの裏側に、この一点があると伝えたうえで選んでもらう。
10条は、この2つの制度の関係を整理している。1項は、任意後見契約が登記されている場合、家庭裁判所は本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り後見開始の審判等をすることができる、としている。任意後見が優先し、必要があるときだけ法定後見が動く形だ。そして3項で、監督人が選任された後に本人が後見開始の審判等を受けたときは、任意後見契約は終了する。
やめるときの決まりが、発効前と後で違う
9条は、解除を2つに分けている。
| 監督人の選任前(9条1項) | 選任後(9条2項) | |
|---|---|---|
| できる人 | 本人又は任意後見受任者 | 本人又は任意後見人 |
| 条件 | 条文は「いつでも」と書いている(制限を付けていない) | 正当な事由がある場合に限り |
| 手続 | 公証人の認証を受けた書面による | 家庭裁判所の許可を得る |
条文はこう書かれている。
第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任される前においては、本人又は任意後見受任者は、いつでも、公証人の認証を受けた書面によって、任意後見契約を解除することができる。
2 第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された後においては、本人又は任意後見人は、正当な事由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得て、任意後見契約を解除することができる。
効力が生じる前は本人の自由が大きく、生じた後は家庭裁判所が関わる。本人を守る仕組みが入った分だけ、やめるときの手続も重くなるという設計だ。案内では「気が変わったら解約できますか」という質問に、この2段構えで答える。
監督人は、何をする人か
7条1項が職務を4つ挙げている。
- 任意後見人の事務を監督すること
- 任意後見人の事務に関し、家庭裁判所に定期的に報告をすること
- 急迫の事情がある場合に、任意後見人の代理権の範囲内において、必要な処分をすること
- 任意後見人又はその代表する者と本人との利益が相反する行為について本人を代表すること
2項では、監督人は任意後見人に対し事務の報告を求め、事務や本人の財産の状況を調査することができる。3項では、家庭裁判所が監督人に報告を求め、調査を命じることができる。本人 → 任意後見人 → 監督人 → 家庭裁判所という報告の線が引かれている。
不正な行為などがあるときは、家庭裁判所が任意後見人を解任することができる(8条)。監督人が置かれる意味は、この線と8条をあわせて説明すると伝わる。
行政書士としてどこまで扱うか
行政書士法1条の3第1項は、業務を「官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成すること」としている。そして2項がこう限っている。
行政書士は、前項の書類の作成であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない。
任意後見の相談は、契約の内容を組み立てる段(①)と、家庭裁判所が関わる段(③)にまたがる。段によって扱いが変わるので、受任の範囲は先に決めておく。とくに家庭裁判所へ提出する書類については、取扱いを所属の行政書士会に確認し、扱える専門職につなぐ形にしておくと、相談者を待たせずに済む。
プロならこう案内する
任意後見は、お元気なうちに、将来のことを信頼できる方へ頼んでおく契約です。いちばん先にお伝えしたいのは、契約を結んだ日と、効力が始まる日が違うということです。
この契約は、法律の定義そのものに「家庭裁判所が任意後見監督人を選んだときから効力が生じる」と書かれています。ですので、公正証書を作った時点では、受任者の方はまだ代理権をお持ちではありません。判断が難しくなってきたときに、家庭裁判所へ申立てをして、監督人が選ばれて、そこから始まります。
ここで、決めておいていただきたいことがあります。その時が来たら、誰が家庭裁判所へ申し立てるのかです。ご本人以外の方が申し立てる場合は、あらかじめご本人の同意が必要という決まりがあります(意思を表示できない状態のときは別です)。契約の日に、動き出す人まで決めておくと、必要なときに止まりません。
お相手についても、条文で決まっている線があります。監督人には、受任者の方の配偶者・直系血族・兄弟姉妹はなれません。見られる方の身内が見る側に回らない、という仕組みです。
それから、選んでいただく前にお伝えしておきたい点があります。任意後見でお渡しするのは代理権です。ご本人が結んでしまったご契約を、後から取り消す権限ではありません。そこが必要になりそうなご事情がある場合は、法定後見という別の制度も含めてお考えいただく形になります。
やめるときの決まりは、始まる前と後で違います。監督人が選ばれる前でしたら、公証人の認証を受けた書面で解除できます。選ばれた後は、正当な事由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得ることになります。
この場面で効いている行政書士の知識
- 効力の始まり:監督人が選任された時から(任意後見契約法2条1号)
- 方式:法務省令で定める様式の公正証書(3条)
- 申立て:本人以外の請求には、あらかじめ本人の同意(4条3項)
- 監督人の欠格:受任者・任意後見人の配偶者、直系血族、兄弟姉妹(5条)
- 権限の性質:代理権であって、取消権ではない(2条1号/民法9条・13条4項と対比)
- 解除:発効前は公証人の認証を受けた書面、発効後は正当な事由と家裁の許可(9条)
案内で外したくないポイント
- 結んだ日と、始まる日が違う。効力の生じ方は定義に書き込まれている。
- 公正証書でしなければならない(3条)。「してもよい」ではない。
- 呼び名が変わる場所が、権限の変わる場所。受任者と任意後見人(2条3号・4号)。
- 本人以外の申立てには、あらかじめ本人の同意(4条3項)。意思表示できないときは別。
- 誰が申し立てるかを、契約の日に決めておく。条文の外で止まりやすい。
- 監督人に、受任者の身内はなれない(5条)。
- 渡すのは代理権で、取消権ではない。必要なら法定後見を含めて選ぶ。
- 法定後見は「特に必要があると認めるときに限り」(10条1項)。発効後に後見開始の審判等を受ければ任意後見契約は終了する(同3項)。
- 解除の決まりは発効前後で違う(9条1項・2項)。
- 報告の線:任意後見人 → 監督人 → 家庭裁判所(7条)。不正等があれば解任(8条)。
- 受任の範囲を先に決める(行政書士法1条の3第2項)。