【行政書士の実務】公正証書の遺言はどう作る?──方式と証人の要件を説明する
遺言を考えている方から、相談が届く。
「自分で書く形にしようと思っていたのですが、無効になると困ると言われて迷っています。公正証書というものにすると確実だと聞きました。何をどう準備すればよいのでしょうか。証人が要るとも聞きました。」
行政書士の実務で、公正証書遺言の支援は中心的な仕事になる。力になるのは、こうして方式の要件と、準備できることを分けて示せたときである。この記事では、条文が求める方式、証人の要件、自筆証書との違い、そして準備の手順までを通しで整理する。
前提:遺言は方式に従わなければできない
遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。(民法960条)
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。(民法963条)
960条が方式、963条が時点を定めている。作成の時点で遺言能力があることが必要で、後から能力を失っても、その時点で有効に成立した遺言は効力を保つ。
逆に言うと、判断能力が落ち始めてからでは、後で争われる可能性が高まる。相談を受けた時期が早いほど、できることが多い。
公正証書遺言の方式
公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
2 前項の公正証書は、公証人法……の定めるところにより作成するものとする。
3 第一項第一号の証人については、公証人法第三十条に規定する証人とみなして、同法の規定(同法第三十五条第三項の規定を除く。)を適用する。(民法969条)
条文を読んだとおりに書くと、民法969条1項が定めているのは2つだ。証人2人以上の立会いと、遺言者による口授。
公証人が筆記して読み聞かせる、遺言者と証人が署名押印する、といった手順は2項により公証人法の側に置かれている。民法だけを見て手順の全部が書いてあると思わない。相談者に説明するときも、民法が求めるのはこの2つで、作成の細かい手順は公証人法によると分けて伝えると正確になる。
2号の口授は「口で伝える」という意味だ。あらかじめ用意した書面を渡すだけでは口授にならないと考えられている。事前に案文を作っておくのは実務の通例だが、当日、遺言者自身が公証人に趣旨を述べるという形が要る。
口がきけない場合の特則
口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人及び証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書して、前条第一項第二号の口授に代えなければならない。
2 公証人は、前項に定める方式に従って公正証書を作ったときは、その旨をその証書に記載し、又は記録しなければならない。(民法969条の2)
口授ができないことは、公正証書遺言を諦める理由にならない。通訳人の通訳による申述、または自書で代えられる。「話せないから公正証書は無理」と即答しない。
証人になれない3類型
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人(民法974条)
| 号 | なれない者 | 実務での意味 |
|---|---|---|
| 1号 | 未成年者 | 年齢で判断できる |
| 2号 | 推定相続人・受遺者、およびその配偶者・直系血族 | 家族はほぼ全員なれない |
| 3号 | 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記、使用人 | 公証役場の側で確認される |
2号の範囲が広い。推定相続人と受遺者だけでなく、その配偶者と直系血族まで含まれる。子が推定相続人なら、その配偶者(子の妻・夫)も、その子(孫)もなれない。
だから証人は家族以外から2人探すことになる。ここでつまずいて作成が止まることが多い。相談の早い段階で「証人を2人お願いできる方に心当たりはありますか」と聞いておく。
心当たりがない場合、行政書士が証人を引き受けたり、公証役場に紹介を依頼したりする形になる。証人には遺言の内容が分かるため、誰に頼むかは本人の意向を確認する。
なお974条は「証人又は立会人」としており、公正証書遺言だけの規定ではない。秘密証書遺言や特別の方式による遺言の立会人にも及ぶ。
2人以上で1通、はできない
遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない。(民法975条)
共同遺言の禁止だ。夫婦が「2人の遺言」として1通で作ることはできない。
相談では「夫婦で一緒に作りたい」という希望が出る。同じ日に、それぞれ別の証書で作るという形になる。公証役場に同じ日時で2件の予約を入れれば、実質的には一緒に済ませられる。「できません」で終えず、代わりの形を出す。
自筆証書との比較
| 自筆証書 | 公正証書 | |
|---|---|---|
| 作成 | 本人が全文を自書(968条1項) | 公証人が作成(969条2項) |
| 証人 | 不要 | 2人以上(969条1項1号) |
| 費用 | かからない | 公証人の手数料 |
| 方式不備で無効になるおそれ | ある | 低い |
| 検認 | 必要(1004条1項) | 不要(1004条2項) |
| 原本の保管 | 本人(保管制度もある) | 公証役場 |
| 自書できない場合 | 作れない | 作れる(969条の2) |
検認が不要な根拠も条文にある。
前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。(民法1004条2項)
自筆証書遺言でも法務局の保管制度を使えば検認は不要になるが、そちらは遺言書保管法11条が根拠で、条文が別だ。結論は同じでも理由が違うので混ぜない。
作った後も変えられる
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。(民法1022条)
公正証書で作っても、後から撤回できる。ただし遺言の方式に従ってという条件がつく。口頭やメモでは撤回できない。
抵触する遺言があった場合の扱いも定められている。
前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。(民法1023条)
2項が実務で効く。遺言を作った後に、その財産を売ったり贈与したりすると、その部分は撤回したものとみなされる。
公正証書遺言で「自宅を長男に相続させる」と書いた後、その自宅を売却した場合、その部分は撤回されたことになる。遺言を作り直さなくても、生前の処分が優先するという仕組みだ。
ただし他の部分は生きているので、財産が大きく動いたら遺言を見直すよう案内する。「作ったら終わり」ではない。
公正証書で作った遺言を、自筆証書で撤回することもできる。1022条は「遺言の方式に従って」としか書いておらず、同じ方式であることを求めていない。ただし後の自筆証書が方式不備で無効なら、撤回も効かないので、実務では公正証書で作り直すほうが確実になる。
準備の手順——この順番で進める
- 相続人を確定する。戸籍をたどる。誰が推定相続人かが、証人の選定にも効く(974条2号)。
- 財産を洗い出す。不動産は登記事項証明書、預金は通帳の写し。公証役場に出す資料になる。
- 誰に何を、を決める。遺留分にも目を配る。
- 遺言執行者を決めるか検討する。決めておくと手続きが早い。
- 証人2人を確保する(969条1項1号)。推定相続人・受遺者とその配偶者・直系血族は不可。
- 案文を作り、公証役場と事前に打ち合わせる。
- 作成日を予約する。本人が公証役場へ出向く。出向けない場合は公証人の出張を相談する。
- 当日、本人が公証人に趣旨を述べる(969条1項2号の口授)。書面を渡すだけでは足りない。
- 正本・謄本の保管方法を決める。原本は公証役場に残る。
- 財産が動いたら見直す(1023条2項)。
プロならこう説明する
公正証書でお作りになる形をご説明します。ご自身でお書きになる場合と比べて、方式の不備で無効になるおそれが低いのが最大の違いです。公証人が作成しますので。
民法が求めているのは、実は2つだけです。証人が2人以上立ち会うことと、ご本人が公証人に遺言の趣旨を口で伝えること。作成の細かい手順は、公証人法という別の法律に定められていて、そちらは公証人が進めてくださいます。
ご準備いただくことで、いちばん時間がかかるのが証人です。
ここに決まりがありまして、相続人になる方と、遺言で財産を受け取る方、そしてそのご配偶者と直系のご親族は、証人になれません。お子さまも、お子さまの奥さまも、お孫さんもなれない、ということになります。
ですので、ご家族以外の方を2人お願いすることになります。心当たりのある方はいらっしゃいますか。難しいようでしたら、私どもがお引き受けする方法や、公証役場にご紹介をお願いする方法があります。
1点、お伝えしておきます。証人の方には遺言の内容が分かります。どなたにお願いするかは、その点も踏まえてお決めください。
当日の流れについても、1つだけ気をつけていただきたいことがあります。ご本人が公証人に、遺言の趣旨を口でお伝えいただく必要があります。事前に案文をお作りしておきますが、それをお渡しするだけでは足りません。当日、ご自身の言葉でお話しいただきます。
お話しになることが難しいご事情がある場合も、道はあります。通訳の方を通してお伝えいただくか、その場でお書きいただくことで、口でお伝えいただくのに代えられると法律に定められています。
ご夫婦でとお考えの場合についても触れておきます。おふたりの遺言を1通にまとめることはできません。法律で禁じられています。ただ、同じ日に、それぞれ別の証書でお作りになることはできます。公証役場に続けてご予約を入れれば、実質的にはご一緒に済みます。
作られた後についてもお伝えします。後から撤回することも、書き直すこともできます。ただし、その場合も遺言の方式に従う必要があります。お口でおっしゃるだけ、メモを残すだけでは撤回になりません。
それから、遺言を作った後にその財産を売ったり贈与したりされますと、その部分は撤回したものとして扱われます。他の部分は生きていますので、財産が大きく動いたときは一度見直しにいらしてください。作って終わり、というものではありません。
最後に、お元気なうちにという点をお伝えします。遺言は作成した時点で能力があることが必要で、後から争われることがあります。お迷いでしたら、早めにお作りになって、後から書き直されるほうが確実です。
よくある質問と、その答え方
「息子の妻に証人になってもらえますか」
なれない。974条2号は推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族を挙げている。息子が推定相続人であれば、その配偶者も含まれる。「相続人本人でなければよい」ではない。孫も直系血族なのでなれない。家族はほぼ全員なれないと考えて、外から探すのが早い。
「公証役場に行けない場合はどうしますか」
969条1項は場所を定めていない。実務では公証人が病院や自宅に出張して作成することができる。ただし公証人の管轄の問題や、出張の手数料が加算される点があるため、事前に公証役場へ相談する。「行けないから諦める」ではなく、出張を相談するという案内になる。あわせて、体調が動く事案では時期を早めることも助言する。
「公正証書の遺言を、自筆で書き直せますか」
できる。1022条は遺言の方式に従って撤回できるとしているだけで、同じ方式であることを求めていない。だから公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回・変更することは可能だ。ただし後の自筆証書が方式不備で無効なら、撤回も効かず前の公正証書が生きたままになる。確実にしたいなら公証役場で作り直すという形で勧める。
説明で外したくないポイント
- 民法969条1項が定めるのは2つ:証人2人以上の立会いと口授。手順は公証人法(同条2項)。
- 口授は当日ご本人が述べる:書面を渡すだけでは足りない。
- 口がきけない場合も作れる:通訳人の通訳または自書(969条の2)。
- 証人になれないのは3類型:とくに2号が広く、家族はほぼ全員なれない(974条)。
- 共同遺言は禁止:同日に別々の証書で作る(975条)。
- 検認は不要(1004条2項)。自筆+保管制度の根拠(保管法11条)とは別。
- 撤回は遺言の方式に従う(1022条)。生前処分と抵触すればその部分は撤回とみなす(1023条2項)。
根拠条文のまとめ
| 条文 | 見出し | この記事で使った内容 |
|---|---|---|
| 民法960条 | 遺言の方式 | この法律に定める方式に従わなければすることができない |
| 民法963条 | — | 遺言をする時において能力を有しなければならない |
| 民法969条1項 | 公正証書遺言 | 1号 証人2人以上の立会い、2号 遺言者による口授 |
| 民法969条2項・3項 | 同上 | 公正証書は公証人法の定めるところにより作成する。証人は公証人法30条の証人とみなす |
| 民法969条の2 | 公正証書遺言の方式の特則 | 口がきけない者は通訳人の通訳による申述または自書で口授に代える。公証人はその旨を記載する |
| 民法974条 | 証人及び立会人の欠格事由 | 未成年者/推定相続人・受遺者とその配偶者・直系血族/公証人の配偶者・四親等内の親族・書記・使用人 |
| 民法975条 | 共同遺言の禁止 | 2人以上の者が同一の証書ですることができない |
| 民法1004条2項 | 遺言書の検認 | 公正証書による遺言には検認の規定を適用しない |
| 民法1022条 | 遺言の撤回 | 遺言の方式に従って全部または一部を撤回できる |
| 民法1023条 | 前の遺言と後の遺言との抵触等 | 抵触部分は後の遺言で撤回したものとみなす。遺言後の生前処分にも準用 |