【行政書士の実務】自筆の遺言、どこまで手で書く?──方式と保管制度を説明する
相続について考え始めた方から、相談が届く。
「遺言を書いておこうと思います。公証役場に行くのは大げさな気がするので、自分で書く形にしたいのですが、決まりはありますか。あとで無効だと言われると困るので、きちんとした形にしたいです。」
行政書士の実務で、自筆証書遺言の相談は多い。力になるのは、こうして方式の要件を1つずつ示し、無効になる形を先に潰せたときである。この記事では、条文が求める4つの要素、目録の例外、訂正の方式、検認、そして保管制度までを通しで整理する。
まず結論:4つの要素すべてが要る
自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。(民法968条1項)
| 要素 | 押さえどころ | |
|---|---|---|
| 1 | 全文を自書 | 本文はすべて手書き。パソコン・代筆は不可 |
| 2 | 日付を自書 | 年月日が特定できること。「令和◯年◯月吉日」では日が特定できない |
| 3 | 氏名を自書 | 本人と分かる氏名 |
| 4 | 押印 | 自書ではなく押印。1項の最後に置かれている |
この4つはすべて揃って初めて有効になる。1つ欠けると方式違反として無効になり得る。
相談で最も多いのが日付だ。複数の遺言があるときは後の日付のものが優先するため、日付は単なる形式ではない。「吉日」と書いてしまうと日が特定できず、方式を満たさないと判断される。年月日を数字で書くことを、最初に伝える。
財産目録だけは自書が要らない
前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産……の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。(民法968条2項)
2項は、平成30年の改正で加わった部分だ。目録はパソコンで作ってもよく、不動産の登記事項証明書や預金通帳の写しを添付することもできる。
ただし条件がつく。
- 本文と一体のものとして添付すること
- 目録の毎葉に署名し、印を押すこと
- 自書によらない記載が両面にある場合は、その両面に署名押印すること
「毎葉」を落とさない。1枚目だけ、最後の1枚だけ、という形は条文を満たさない。全部のページに署名と押印が要る。
そして両面に自書によらない記載がある場合は両面だ。通帳のコピーを両面で1枚に収めた場合、表裏の両方に署名押印することになる。片面ずつコピーして枚数を増やすほうが、確認しやすいという助言ができる。
自書が不要になるのは目録だけで、本文は全文自書のままだ。「誰に何を相続させる」という部分は手書きになる。
訂正の方式が厳しい
自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。(民法968条3項)
要求されているのは4つの動作だ。
| やること | |
|---|---|
| 1 | 変更した場所を指示する |
| 2 | 変更した旨を付記する |
| 3 | その付記に署名する |
| 4 | 変更の場所に押印する |
条文は「その効力を生じない」と書いている。方式を満たさない訂正は、訂正がなかったものとして扱われる。
実務での助言は1つに絞れる。間違えたら、書き直す。
訂正の方式は複雑で、1か所でも欠けると訂正が効かない。しかも訂正が効かないだけで元の記載が生き残るため、遺言者の意思と違う結果になることがある。「消して書き直すより、紙を替えて全部書き直すほうが確実です」と伝える。
亡くなった後は検認が要る
遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。
3 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。(民法1004条)
検認は遺言書の状態を保存し、偽造・変造を防ぐための手続きであって、遺言の有効・無効を判断するものではない。検認を経ても、方式を満たしていない遺言は無効のままだ。ここは相談で誤解が多い。
罰則もある。
前条の規定により遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、五万円以下の過料に処する。(民法1005条)
実務でいちばん伝えておきたいのは1004条3項だ。封印のある遺言書を、家庭裁判所の外で開けてはならない。
遺言者が亡くなった直後、封のされた封筒を見つけた家族が、中身を確かめようとして開けてしまう。これが1005条の過料の対象になる。
だから遺言を書いた本人に、保管場所を家族へどう伝えるかまで相談しておく。「ここにあるが、開けずに家庭裁判所へ持っていくこと」まで含めて残しておかないと、善意で開けられてしまう。
保管制度を使うと検認が要らなくなる
法務局で遺言書を保管する制度がある。
遺言者は、遺言書保管官に対し、遺言書の保管の申請をすることができる。
2 前項の遺言書は、法務省令で定める様式に従って作成した無封のものでなければならない。
3 第一項の申請は、遺言者の住所地若しくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所……の遺言書保管官に対してしなければならない。(法務局における遺言書の保管等に関する法律4条1項〜3項)
そして最大の効果が、この条文だ。
民法第千四条第一項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しない。(遺言書保管法11条)
| 自宅等で保管 | 遺言書保管所で保管 | |
|---|---|---|
| 検認 | 必要(民法1004条1項) | 不要(保管法11条) |
| 封 | 封印してよい(1004条3項の制約がかかる) | 無封でなければならない(保管法4条2項) |
| 紛失・改ざん | そのおそれが残る | 保管所で保管される |
申請の要件も押さえる。
- 法務省令で定める様式に従って作成したものであること(4条2項)
- 無封であること(同項)
- 申請先は住所地・本籍地・所有不動産の所在地を管轄する遺言書保管所(4条3項)
- 申請書には、作成の年月日、遺言者の氏名・出生の年月日・住所・本籍、受遺者や遺言執行者の記載があるときはその氏名等を記載する(4条4項)
- 遺言者が自ら出頭して行う(4条6項)
5番目が実務で効く。代理申請はできない。体調が悪くなってからでは間に合わないことがある。「出頭できるうちに」という時間の要素を、最初に伝える。
あわせて、保管制度は方式の要件を審査してくれる制度ではない点も伝える。保管官が確認するのは様式に従っているかであって、遺言の内容が有効かどうかを保証するものではない。「預ければ安心」という受け取り方にならないよう、線を引いておく。
公正証書遺言との比較
| 自筆証書 | 自筆証書+保管制度 | 公正証書 | |
|---|---|---|---|
| 作成 | 本人が自書 | 本人が自書(様式あり) | 公証人が作成 |
| 証人 | 不要 | 不要 | 2人以上必要 |
| 費用 | かからない | 保管の手数料 | 公証人の手数料 |
| 検認 | 必要 | 不要(保管法11条) | 不要(民法1004条2項) |
| 紛失・改ざん | そのおそれが残る | 保管所で保管 | 原本を公証役場が保管 |
| 方式不備で無効になるおそれ | ある | ある(様式の確認はあるが内容は別) | 低い |
相談者の「公証役場に行くのは大げさ」という感覚に対しては、費用と手間を減らす代わりに、方式不備で無効になるおそれを自分で負うことになるという形で並べる。どちらが良いかではなく、何を引き受けるかの選択として渡す。
作成を手伝う手順——この順番で進める
- 相続人を確定する。戸籍をたどる。誰が相続人かが決まらないと、内容が定まらない。
- 財産を洗い出す。不動産、預貯金、有価証券、負債。目録にする部分を決める。
- 内容を決める。誰に何を。遺言執行者を指定するかも決める。
- 本文の下書きを作る。ここは行政書士が作れるが、清書は本人が全文自書する(968条1項)。
- 目録を作る。パソコン可。毎葉に署名押印(968条2項)。両面に記載があれば両面。
- 日付を年月日で書く。「吉日」は使わない。
- 押印する。実印である必要はないが、本人のものと分かる印を使う。
- 訂正が出たら書き直す。訂正の方式(968条3項)を使わずに済ませる。
- 保管の方法を決める。保管制度を使うなら、様式と申請先を確認し、本人が出頭する日程を組む(保管法4条)。
- 家族への伝え方を決める。自宅で保管するなら、開けずに家庭裁判所へまで伝える(民法1004条3項・1005条)。
プロならこう説明する
ご自身でお書きになる形は、費用もかからず、後からご自身で書き直せる利点があります。そのうえで、形式の決まりが細かいので、順にご説明します。
必要なのは4つです。全文をご自分で手書きすること、日付を書くこと、お名前を書くこと、そして印を押すこと。この4つが揃って初めて有効になります。1つでも欠けると無効になり得ます。
ここで、いちばん多い間違いをお伝えします。日付です。「令和◯年◯月吉日」と書かれる方がいらっしゃいますが、これですと日が特定できず、方式を満たさないと判断されます。年月日を数字でお書きください。
日付が大事なのには理由があります。遺言が複数ある場合、後の日付のものが優先します。形式というより、どれが最新かを決める部分です。
負担を減らせる仕組みもあります。財産の目録は、手書きでなくてかまいません。パソコンで作った一覧でも、通帳のコピーや登記事項証明書を添付する形でも大丈夫です。
ただし条件があります。目録の全部のページに、ご署名と押印が必要です。1枚目だけ、では足りません。両面に印刷された記載がある場合は、表と裏の両方に必要です。両面コピーより、片面ずつのほうが確認しやすいかと思います。
それから、お願いが1つあります。書き間違えたら、消さずに新しい紙に書き直してください。
法律には訂正の方法が定められていますが、訂正した場所を示し、訂正した旨を書き添え、そこにご署名し、さらに訂正箇所に押印するという4つが必要です。1つでも欠けると訂正が効かず、元の記載のほうが残ってしまいます。お考えと違う結果になりますので、書き直すほうが確実です。
次に、お亡くなりになった後のことです。ご自宅などで保管された場合、ご家族が家庭裁判所で「検認」という手続きをすることになります。
ここで、ご家族にお伝えいただきたいことがあります。封をした遺言書を、家庭裁判所の外で開けてはいけません。開けてしまうと過料の対象になります。善意で中身を確かめようとして開けてしまう、というのが実際に起きています。
この検認をなくす方法があります。法務局の遺言書保管制度です。法務局に預けておくと、検認が要らなくなります。紛失や改ざんの心配もなくなります。
ただし2点、ご注意ください。1つは封をしない状態でお預けになること。もう1つは、ご本人が法務局に出向いていただく必要があることです。代理はできません。お元気なうちにという点だけ、先にお伝えしておきます。
もう1点、正確に申し上げます。保管制度は、遺言の中身が有効かどうかを保証するものではありません。確認されるのは決められた様式に沿っているかどうかです。預けたから安心、とはお考えにならないでください。内容は私どもで一緒に整えます。
よくある質問と、その答え方
「代筆でもいいですか」
できない。968条1項は遺言者が全文、日付及び氏名を自書することを求めている。手が不自由で自書できない場合は、公正証書遺言を検討することになる。公正証書は公証人が作成するので、本人が自書する必要がない。「自筆が難しい」は、公正証書を勧める理由になる。「自筆証書しかない」という前提で相談を進めない。
「押印は実印でないとだめですか」
968条1項は「印を押さなければならない」としか書いておらず、印の種類を限定していない。実印である必要はないとされている。ただし本人が押したものであることが後で争われることを考えると、実印を使い、印鑑登録証明書を一緒に保管しておくほうが安全になる。条文が求める最低ラインと、実務で勧める形は別だと分けて伝える。
「保管制度を使えば検認は要りませんか」
要らない。遺言書保管法11条が民法1004条1項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しないと明記している。公正証書遺言について検認が不要なのは民法1004条2項によるもので、根拠条文が別だ。どちらも検認が不要という結論は同じだが、理由が違うので条文を混ぜない。
説明で外したくないポイント
- 全文・日付・氏名の自書と押印の4つ:1つ欠けると無効になり得る(968条1項)。
- 日付は年月日を特定できる形で:後の日付が優先するため実質的な意味がある。
- 目録は自書不要。ただし毎葉に署名押印:両面記載なら両面(968条2項)。
- 訂正の方式は4動作。欠けると効力を生じない:書き直すほうが確実(968条3項)。
- 検認は有効性を判断する手続きではない(1004条1項)。
- 封印のある遺言書を家庭裁判所外で開けない:5万円以下の過料(1004条3項、1005条)。
- 保管制度を使えば検認は適用除外(保管法11条)。ただし無封で本人が出頭(同法4条2項・6項)。
- 保管制度は内容の有効性を保証しない。
根拠条文のまとめ
| 条文 | 見出し | この記事で使った内容 |
|---|---|---|
| 民法968条1項 | 自筆証書遺言 | 全文・日付・氏名を自書し、押印する |
| 民法968条2項 | 同上 | 一体のものとして添付する財産目録は自書不要。毎葉(両面記載は両面)に署名押印 |
| 民法968条3項 | 同上 | 加除その他の変更は、場所の指示・変更した旨の付記・署名・変更場所への押印がなければ効力を生じない |
| 民法1004条1項 | 遺言書の検認 | 保管者は相続の開始を知った後遅滞なく家庭裁判所に提出して検認を請求する |
| 民法1004条2項 | 同上 | 公正証書による遺言には適用しない |
| 民法1004条3項 | 同上 | 封印のある遺言書は家庭裁判所において相続人等の立会いがなければ開封できない |
| 民法1005条 | 過料 | 検認を経ないで執行し、または家庭裁判所外で開封した者は5万円以下の過料 |
| 遺言書保管法4条1項〜6項 | 遺言書の保管の申請 | 法務省令で定める様式・無封。住所地等を管轄する遺言書保管所。申請書の記載事項。遺言者が自ら出頭する |
| 遺言書保管法11条 | 遺言書の検認の適用除外 | 民法1004条1項は保管所に保管されている遺言書に適用しない |