【行政書士の実務】遺産分割はいつまでにやる?──10年の壁と手順を説明する
相続人の一人から、相談が届く。
「父が亡くなって2年になりますが、兄弟の話がまとまらず、遺産分割がそのままになっています。急ぐ理由もないので放置していたのですが、期限のようなものはあるのでしょうか。当面の生活費のために父の口座からお金を出したいのですが、それもできていません。」
行政書士の実務で、止まったままの遺産分割の相談は多い。力になるのは、こうして「協議そのものに期限はないが、放置すると失われるものがある」を条文で示せたときである。この記事では、期限の考え方、10年で変わること、対抗要件、預貯金の払戻し、そして進め方までを通しで整理する。
まず結論:協議に期限はない
共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。(民法907条1項)
条文は期限を置いていない。2年放置しても、協議そのものはできる。ここは相談者を安心させてよい部分だ。
あわせて、「全部又は一部」と書かれている点も押さえる。まとまるところだけ先に分けることができる。不動産の話がまとまらなくても、預貯金だけ先に分割する、という進め方が条文上できる。
協議が調わない、または協議ができないときは、各共同相続人が家庭裁判所に請求できる(907条2項本文)。ただし一部の分割により他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合、その一部の分割については請求できない(同項ただし書)。
ただし、10年で変わるものがある
前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
二 相続開始の時から始まる十年の期間の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。(民法904条の3)
「前三条」とは903条(特別受益)・904条(特別受益の評価)・904条の2(寄与分)を指す。
| 時期 | 使えるもの |
|---|---|
| 相続開始から10年以内 | 法定相続分に加えて、特別受益と寄与分を主張できる |
| 相続開始から10年経過後 | 原則として法定相続分による |
相談者の「期限はあるのか」への答えは、ここから出る。協議に期限はないが、10年を過ぎると主張できる中身が変わる。
効くのは、生前に多額の援助を受けた相続人がいる場合(特別受益)と、介護や事業の手伝いで財産の維持に貢献した相続人がいる場合(寄与分)だ。10年を過ぎると、これらを考慮しない法定相続分での分割になる。
放置して有利になるのは、多く受け取っていた側という構造になっている。話がまとまらない事案では、どちらが時間の経過で得をするかを確認しておく必要がある。
ただし書の2つの号は、10年を経過する前に家庭裁判所へ請求していれば適用が続くという救済だ。1号が原則、2号がやむを得ない事由があった場合の特則になる。「協議で粘る」ではなく「10年の前に家庭裁判所へ請求する」ことが、この条文への対応になる。
分割を禁じられる場合
907条1項が除外している2つの場合が、908条にある。
被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
2 共同相続人は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割をしない旨の契約をすることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。(民法908条1項・2項)
| 項 | 誰が | 期間 | 終期の上限 |
|---|---|---|---|
| 1項 | 被相続人が遺言で | 相続開始の時から5年を超えない期間 | — |
| 2項 | 共同相続人が契約で | 5年以内 | 相続開始の時から10年 |
| 3項 | 2項の契約の更新 | 5年以内 | 相続開始の時から10年 |
| 4項 | 家庭裁判所が特別の事由があるとき | 5年以内 | 相続開始の時から10年 |
| 5項 | 4項の期間の更新 | 5年以内 | 相続開始の時から10年 |
2項から5項まで、すべてに「相続開始の時から十年を超えることができない」というただし書がついている。904条の3の10年と揃えられている構造だ。禁止も更新も、10年の枠を超えられない。
分割の効力はさかのぼる
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。(民法909条)
分割で不動産を取得した相続人は、相続開始の時からその不動産を持っていたことになる。ただし、その間に生じた第三者の権利は害せない。
ここで、対抗要件の条文が効いてくる。
相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、……相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。(民法899条の2第1項)
読み方の要点は2つ。
- 法定相続分までの部分は、登記がなくても第三者に対抗できる
- 法定相続分を超える部分は、登記等を備えなければ対抗できない
だから分割協議がまとまったら、すぐに登記する。協議書を作っただけで登記を後回しにすると、その間に他の相続人の債権者が法定相続分で差押えをした場合、超える部分を主張できなくなる。
債権については別の定めがある。相続分を超えて債権を承継した共同相続人が、遺言の内容(分割で承継した場合は分割の内容)を明らかにして債務者に承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が通知をしたものとみなされる(899条の2第2項)。本来は全員の通知が要るところを、承継した本人だけで足りるようにした規定だ。
預貯金は分割前でも一部を引き出せる
相談者の「口座からお金を出したい」に、直接答える条文がある。
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に……当該共同相続人の相続分を乗じた額(……預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。(民法909条の2)
限度額は省令にある。
民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする。(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令)
計算の仕方
相続開始時の預貯金債権の額 × 3分の1 × その相続人の法定相続分
この額と150万円のうち、低いほうが引き出せる上限になる。
| 例 | 計算 | 引き出せる額 |
|---|---|---|
| 預金1,200万円、相続人は子2人(法定相続分は各2分の1) | 1,200万円 × 1/3 × 1/2 = 200万円 | 150万円(省令の限度) |
| 預金600万円、相続人は子2人 | 600万円 × 1/3 × 1/2 = 100万円 | 100万円 |
限度額は「預貯金債権の債務者ごとに」とされている。金融機関ごとに150万円という意味になる。複数の銀行に口座があれば、それぞれで計算する。
そして条文の後段が重要だ。行使した分は、遺産の一部の分割により取得したものとみなされる。後の分割で、その分は受け取り済みとして扱われるということになる。「引き出した分は別」ではない。引き出す前に、他の相続人へ伝えておくほうが、後の協議が荒れない。
法定相続分を確認しておく
904条の3で10年後の基準になり、909条の2の計算にも使われるので、条文で確認しておく。
| 相続人の組合せ | 相続分 | 条文 |
|---|---|---|
| 子と配偶者 | 子2分の1、配偶者2分の1 | 900条1号 |
| 配偶者と直系尊属 | 配偶者3分の2、直系尊属3分の1 | 900条2号 |
| 配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1 | 900条3号 |
| 子・直系尊属・兄弟姉妹が数人 | 各自相等しい | 900条4号本文 |
| 父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹 | 父母の双方を同じくする兄弟姉妹の2分の1 | 900条4号ただし書 |
4号ただし書を落としやすい。半血の兄弟姉妹は、全血の2分の1になる。
進め方の手順——この順番で組む
- 相続開始の日を確認する。904条の3の10年をカレンダーに置く。
- 相続人を確定する。被相続人の出生から死亡までの戸籍をたどる。
- 法定相続分を出す(900条)。半血の兄弟姉妹がいれば4号ただし書に当てる。
- 遺言の有無を確認する。分割を禁ずる定めがないかも見る(908条1項)。
- 財産を洗い出す。負債も含める。
- 特別受益・寄与分の有無を聞き取る。10年の前後で扱いが変わることを伝える(904条の3)。
- 当面の資金が必要なら、909条の2を案内する。金融機関ごとに計算し、150万円と比べる。
- まとまるところから一部分割を検討する(907条1項の「全部又は一部」)。
- 協議が調わないなら、家庭裁判所への請求を検討する。10年の前に請求すれば904条の3が適用されない(同条ただし書1号)。
- 協議が調ったら、すぐに登記する(899条の2第1項)。
プロならこう説明する
ご質問の「期限」から、順にお答えします。
まず、遺産分割の話し合いそのものに期限はありません。2年経っていても、これから協議して分けることができます。
ただし、放っておくと変わってしまうものがあります。相続が始まってから10年を過ぎると、「特別受益」と「寄与分」を考慮しない分け方になります。
特別受益というのは、生前にご兄弟の誰かが多額の援助を受けていた場合に、その分を考慮する仕組みです。寄与分は、介護やお仕事の手伝いでお父さまの財産を守った方の貢献を考慮する仕組みです。
10年を過ぎると、これらを持ち出せなくなり、法律で決まった割合そのままで分けることになります。
ここで確認させてください。ご兄弟の中に、生前に多くの援助を受けた方はいらっしゃいますか。あるいは、お父さまの介護をなさった方は。該当する方がいらっしゃると、10年を過ぎることで有利になる側と不利になる側が分かれます。
もし話し合いが進まないようでしたら、10年になる前に家庭裁判所へ請求しておく方法があります。請求しておけば、10年を過ぎても特別受益と寄与分を主張できます。お父さまが亡くなられて2年でしたら、まだ8年ありますが、時間はかかるものですのでお早めに。
次に、当面の生活費のお話です。分割が終わっていなくても、預金の一部を単独で引き出せる仕組みがあります。
金額は、亡くなられた時点の預金額の3分の1に、ご自身の相続分を掛けた額です。ただし1つの金融機関につき150万円が上限になります。
たとえば預金が1,200万円で、相続人がご兄弟2人でしたら、1,200万円の3分の1が400万円、その半分で200万円。ただ上限がありますので、150万円までお引き出しいただけます。
お父さまの口座が複数の銀行にある場合は、それぞれの銀行ごとに計算します。口座の一覧をお持ちいただければ、こちらで計算いたします。
1点、お伝えしておきたいことがあります。この方法で引き出した分は、後の分割で「もう受け取った分」として扱われます。別枠ではありません。
ですので、お引き出しになる前に、ご兄弟にお伝えいただくことをお勧めします。黙って引き出すと、後の話し合いがこじれる原因になります。金額そのものより、伝えていなかったことが問題になります。
最後に、進め方のご提案です。まとまるところだけ先に分けるという方法があります。法律にも「全部又は一部の分割をすることができる」と書かれています。不動産の話が難しくても、預金だけ先に分けることはできます。
そして、お話がまとまりましたらすぐに登記をしてください。法律で決まった割合を超える部分は、登記をしないと第三者に主張できません。協議書を作っただけで置いておくのは危険です。
よくある質問と、その答え方
「10年を過ぎたら、もう分割できないのですか」
できる。904条の3が適用しないとしているのは903条・904条・904条の2(特別受益と寄与分)であって、907条の分割そのものではない。分割はできるが、法定相続分によるということになる。「分割ができなくなる」と誤解されやすいので、何ができなくなるのかを条名で示す。
「兄が勝手に父の口座から引き出しました」
まず金額を確認する。909条の2の範囲内(相続開始時の債権額の3分の1×相続分、金融機関ごとに150万円が上限)であれば、単独で権利を行使できるものだ。ただし条文の後段により、その分は遺産の一部の分割により取得したものとみなされるので、後の分割で受け取り済みとして計算する。範囲を超える引き出しは別の問題になるため、金額と時期を確認してから答える。
「協議書を作れば登記は後でもいいですか」
勧められない。899条の2第1項により、法定相続分を超える部分は登記等を備えなければ第三者に対抗できない。協議書があっても、登記がなければ超える部分を主張できない。その間に他の相続人の債権者が法定相続分で差押えをすると、争いになる。協議が調ったら、その足で登記へという段取りにする。相続登記には申請義務もあるので(不動産登記法76条の2)、あわせて案内する。
説明で外したくないポイント
- 協議に期限はない(907条1項)。「全部又は一部」の分割ができる。
- 10年で特別受益・寄与分が使えなくなる(904条の3)。分割自体はできる。
- 10年の前に家庭裁判所へ請求すれば適用が続く(同条ただし書1号)。
- 放置で有利になるのは多く受け取っていた側:どちらが得をするかを確認する。
- 分割禁止は5年以内、終期は相続開始から10年まで(908条)。
- 法定相続分を超える部分は登記が要る(899条の2第1項)。
- 預貯金は3分の1×相続分、金融機関ごとに150万円まで単独行使(909条の2+省令)。
- 引き出した分は一部分割により取得したものとみなす:別枠ではない。
根拠条文のまとめ
| 条文 | 見出し | この記事で使った内容 |
|---|---|---|
| 民法899条の2 | 共同相続における権利の承継の対抗要件 | 相続分を超える部分は登記等がなければ対抗できない。債権は承継者の通知で全員の通知とみなす |
| 民法900条 | 法定相続分 | 子と配偶者1/2ずつ、配偶者と直系尊属2/3と1/3、配偶者と兄弟姉妹3/4と1/4。半血の兄弟姉妹は全血の1/2 |
| 民法904条の3 | 期間経過後の遺産の分割における相続分 | 相続開始から10年経過後は903条・904条・904条の2を適用しない。10年前の家裁への請求等で例外 |
| 民法906条 | 遺産の分割の基準 | 物や権利の種類・性質、相続人の年齢・職業・心身の状態・生活の状況その他一切の事情を考慮する |
| 民法907条 | 遺産の分割の協議又は審判 | いつでも協議で全部または一部を分割できる。調わないときは家庭裁判所に請求できる |
| 民法908条 | 遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止 | 遺言で5年を超えない禁止。契約・家裁の禁止と更新はいずれも終期が相続開始から10年まで |
| 民法909条 | 遺産の分割の効力 | 相続開始の時にさかのぼる。第三者の権利を害せない |
| 民法909条の2 | 遺産の分割前における預貯金債権の行使 | 債権額の3分の1×相続分を単独で行使できる。省令の額が限度。行使分は一部分割による取得とみなす |
| 民法909条の2の法務省令 | — | 限度額は150万円 |