【FPの実務】医療保険に入る前に──公的制度が「届かないところ」から考える
保険の見直しを考えるお客様から、こんな相談が届く。
「入院や手術でお金がかかったり、長く休んだりしたら生活が心配です。医療保険に入る前に、公的な制度でどこまでカバーされるのか知りたいです。」
FPの実務は「まず公的制度、次に民間保険」の順で考える。力になるのは、公的制度の手厚さを語ることよりも「公的が届かないのはどこか」を線で示せたときだ。民間保険の役割は、その線の外側にあるからである。この記事では、高額療養費と傷病手当金を、条文の構造から整理する。
まず結論:公的が届く範囲は、条文が線を引いている
療養の給付について支払われた一部負担金の額又は療養(食事療養及び生活療養を除く。次項において同じ。)に要した費用の額からその療養に要した費用につき保険外併用療養費……として支給される額に相当する額を控除した額……が著しく高額であるときは、……高額療養費を支給する。
2 高額療養費の支給要件、支給額その他高額療養費の支給に関して必要な事項は、……政令で定める。(健康保険法115条)
2つのことが読み取れる。
1つめ。1項のかっこ書が「食事療養及び生活療養を除く」としている。入院中の食事代は、そもそも高額療養費の計算に入らない。
2つめ。金額は法律ではなく政令に置かれている。自己負担限度額は改定されるということだ。
だからお客様への説明では、限度額の数字を暗記して話さない。「所得の区分ごとに上限が決まっていて、金額は改定されます。加入されている保険者の最新のご案内で一緒に確認しましょう」と伝えて、その場で調べる。数字を覚えて話すより、確認先を渡すほうが長く役に立つ。
FPが押さえるべきは金額ではなく「どこまでが対象で、どこからが対象外か」という線である。線は改定されない。
高額療養費が届かないところ
その線は、63条2項が引いている。
次に掲げる療養に係る給付は、前項の給付に含まれないものとする。
一 食事の提供である療養であって……入院と併せて行うもの……(以下「食事療養」という。)
二 次に掲げる療養であって……(特定長期入院被保険者に係るものに限る。以下「生活療養」という。) イ 食事の提供である療養 ロ 温度、照明及び給水に関する適切な療養環境の形成である療養
三 厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いた療養その他の療養であって、……評価を行うことが必要な療養……(以下「評価療養」という。)
四 高度の医療技術を用いた療養であって、当該療養を受けようとする者の申出に基づき、……(以下「患者申出療養」という。)
五 被保険者の選定に係る特別の病室の提供その他の厚生労働大臣が定める療養(以下「選定療養」という。)(健康保険法63条2項)
| 号 | 名前 | 身近な例 |
|---|---|---|
| 1号 | 食事療養 | 入院中の食事 |
| 2号 | 生活療養 | 療養病床の食事と療養環境 |
| 3号 | 評価療養 | いわゆる先進医療など |
| 4号 | 患者申出療養 | 患者の申出に基づく未承認の治療 |
| 5号 | 選定療養 | 差額ベッド代(特別の病室の提供) |
民間の医療保険が意味を持つのは、ほぼこの5つの上である。
5号の「被保険者の選定に係る特別の病室の提供」が、いわゆる差額ベッド代だ。「被保険者の選定に係る」という書き方に注目したい。本人が選んだ場合を指している。
治療上の必要から個室に入った場合や、病院側の都合による場合は、この「選定」に当たらないという整理になる。「個室=必ず自己負担」ではないので、請求されたときは同意書にサインしたかどうかを確認するようお伝えする。
3号の評価療養(先進医療)も、技術料の部分が療養の給付に含まれない。ここは金額が大きくなり得るので、民間保険の特約が検討される場面になる。
1号の食事代は、115条1項のかっこ書でも重ねて外されている。条文が2か所で除いていることになる。
お客様への案内は、この線に沿って組み立てられる。
| 費用 | 公的の扱い | 民間保険を考えるか |
|---|---|---|
| 診察・手術・薬・入院基本料 | 療養の給付。高額療養費の対象 | 上限があるので優先度は下がる |
| 差額ベッド代 | 選定療養。対象外 | 検討する |
| 入院中の食事代 | 食事療養。対象外 | 金額は読めるので判断しやすい |
| 先進医療の技術料 | 評価療養。対象外 | 検討する |
| 通院の交通費・家族の付添費用 | そもそも療養ではない | 貯蓄で見るか、保険で見るか |
高額療養費で押さえる4つの線
金額は改定されるが、次の4つは条文と政令の構造から来ているので変わりにくい。
- 暦月で区切られる。同じ入院でも月をまたぐと、月ごとに上限を数える。月末の入院は不利になりやすい。
- 所得の区分で上限が変わる。115条2項が政令に委ねている部分である。
- 世帯で合算できる仕組みがある。同じ保険者に加入している家族の分をまとめて数える。
- 回数が重なると下がる仕組みがある。長期の療養に配慮する趣旨で、115条2項も「とりわけ長期にわたって継続的に療養を受ける者の家計に与える影響」を考慮すると書いている。
1つめの暦月が、相談でいちばん役に立つ。
予定されている入院や手術なら、月初に始めたほうが1か月に収まりやすい。同じ費用でも、月をまたぐと上限を2回数えることになる。
もちろん治療の都合が最優先である。日程に選択の余地があるときに、この点をお伝えする。
4つめは、条文の目的規定そのものに書かれている。制度の設計思想が条文に出ている珍しい書き方なので、押さえておくと説明に説得力が出る。
傷病手当金——3つのかっこ書とただし書
被保険者(任意継続被保険者を除く。第百二条第一項において同じ。)が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して三日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する。
2 傷病手当金の額は、一日につき、傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した十二月間の各月の標準報酬月額……を平均した額の三十分の一に相当する額……の三分の二に相当する金額とする。ただし、……標準報酬月額が定められている月が十二月に満たない場合にあっては、次の各号に掲げる額のうちいずれか少ない額の三分の二に相当する金額とする。
4 傷病手当金の支給期間は、同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病に関しては、その支給を始めた日から通算して一年六月間とする。(健康保険法99条)
1項のかっこ書「任意継続被保険者を除く」が、保険の見直し相談で重い。
退職して任意継続に切り替えた方には、傷病手当金が出ない。在職中に受け始めていた場合の継続給付は別の規定によるが、任意継続の資格で新たに受けることはできない。
転職や退職を考えていらっしゃる方の相談では、ここを必ず確認する。「健康保険は続けられます」というご理解が、「傷病手当金も続く」という誤解につながっていることがある。
2項のただし書も見落とせない。標準報酬月額が定められている月が12月に満たない場合——つまり入社から1年経っていない方は、実際の平均額と、全被保険者の平均から出した額のいずれか少ない額で計算される。入社まもない方は、額が抑えられることがある。
4項の「通算して」も押さえておく。連続していなくてよい。復職と休職を繰り返しても、支給された日を通算して1年6月までという数え方になる。
報酬・年金との調整
疾病にかかり、又は負傷した場合において報酬の全部又は一部を受けることができる者に対しては、これを受けることができる期間は、傷病手当金を支給しない。ただし、その受けることができる報酬の額が、第九十九条第二項の規定により算定される額より少ないとき……は、その差額を支給する。
3 傷病手当金の支給を受けるべき者が、同一の疾病又は負傷……につき厚生年金保険法による障害厚生年金の支給を受けることができるときは、傷病手当金は、支給しない。ただし、……障害年金の額……が、第九十九条第二項の規定により算定される額より少ないときは、……その差額を支給する。(健康保険法108条1項・3項)
どちらも「支給しない。ただし……差額を支給する」という同じ形をしている。
会社から給与の一部が出ている間は、その分だけ引かれる。全額止まるのではなく、少ないときは差額が出る。
3項は障害厚生年金との調整で、同一の傷病についての規定である。しかも障害基礎年金も受けられるときは、その合算額で比べる(3項本文のかっこ書)。
お客様には「会社から出る分があれば、その分は減ります。ただし手当金のほうが多ければ差額が出ます」と伝える。「給与が少しでも出たら1円も出ない」ではない。
そもそも健康保険が扱わない場合
この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法……第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い……(健康保険法1条)
仕事中・通勤中のけがは、健康保険ではなく労災保険の領域である。目的規定にそう書かれている。相談の入口で「お仕事中でしたか」を確かめる。
また116条は、自己の故意の犯罪行為により、又は故意に給付事由を生じさせたときは保険給付を行わないとしている。
相談の進め方——この順番で確認する
- ご加入の健康保険はどこかを確認する。保険者によって付加給付がある。
- お勤めの状況を確認する。会社員か、自営業か。自営業なら傷病手当金は原則ない。
- 入社からの期間を確認する。1年未満なら額の計算が変わる(99条2項ただし書)。
- 退職や転職の予定を確認する。任意継続では傷病手当金が出ない(99条1項かっこ書)。
- 高額療養費の上限を、その場で保険者の資料で確認する。記憶で答えない(115条2項)。
- 対象外を並べる。差額ベッド代・食事代・先進医療(63条2項)。
- 暦月の区切りを伝える。予定手術なら日程の話につながる。
- 不足額を出す。ここまでで「公的で足りない額」が数字になる。
- そのうえで民間保険を考える。埋めるべき額が決まってから商品の話に入る。
プロならこう案内する
民間の医療保険をご検討される前に、公的な制度がどこまで届いて、どこから届かないかを整理させてください。届かないところが、保険で備える部分になります。
まず高額療養費です。1か月にお支払いになる医療費の自己負担に上限があり、超えた分は戻ってきます。ですので、治療費が青天井にかかることはありません。
上限の金額は所得の区分ごとに決まっていて、政令で定められています。改定されますので、私が記憶でお答えするより、ご加入の保険者の最新のご案内で一緒に確認させてください。
そのうえで、この制度が届かないところを申し上げます。ここが大事です。
法律に、健康保険の給付に含まれないものが並んでいます。身近なものだと3つです。
1つめが差額ベッド代です。法律では「被保険者の選定に係る特別の病室の提供」という言い方をしています。ご本人が選ばれた場合という意味です。
ですので、治療上の必要から個室になった場合や、病院のご都合の場合は、本来お支払いの対象ではありません。同意書にサインを求められたかどうかが目安になります。
2つめが入院中のお食事代です。これは条文の2か所で対象から外されています。ただし金額は見当がつきますので、備えの計算はしやすい部分です。
3つめが先進医療の技術料です。法律では「評価療養」といいます。ここは金額が大きくなることがありますので、特約でお備えになるかをご検討いただく場面です。
次に、長く休んだときの収入です。
会社員の方でしたら、健康保険から傷病手当金が出ます。休み始めて3日を経過した日から、おおむね給与の3分の2が、支給を始めた日から通算して1年6か月まで受けられます。
ここで、2点だけ確認させてください。
1つめ。ご退職のご予定はありますか。退職後に健康保険を任意継続された場合、傷病手当金は出ません。法律の条文が「任意継続被保険者を除く」と書いています。「健康保険は続けられる」と「傷病手当金も続く」は別のお話です。
2つめ。入社から1年は経っていらっしゃいますか。1年に満たない場合、計算方法が変わり、額が抑えられることがあります。
それから、会社から給与の一部が出る間は、その分だけ減ります。ただし手当金のほうが多ければ差額が出ますので、1円も出ないということではありません。
お仕事中やご通勤中のおけがでしたら、健康保険ではなく労災保険のお話になります。そちらは自己負担の考え方が別ですので、あらためてご説明します。
ここまでで「公的で足りない金額」が見えてきます。その金額を埋めるために、いくらの保険料までなら納得できるか。商品のお話は、そこからにさせてください。
よくある質問と、その答え方
「高額療養費があるなら、個室に入っても上限までですよね」
差額ベッド代は上限の外側になる。健康保険法63条2項5号が「被保険者の選定に係る特別の病室の提供」を選定療養として療養の給付に含まれないとしているためだ。ただし「被保険者の選定に係る」という書き方なので、治療上の必要による個室や病院都合の場合は本来対象ではない。請求されたときは同意書にサインしたかを確認していただく。
「同じ入院なのに、上限を2回数えるのですか」
月が変わればそうなる。高額療養費は暦月ごとに自己負担額を数える仕組みだからだ。同じ入院でも月をまたげば、それぞれの月で上限まで負担することになる。日程に選択の余地がある予定手術なら、月初のほうが1か月に収まりやすい。ただし治療の都合が最優先である点は必ず添える。
「退職しても健康保険を続けられるので、傷病手当金も続きますよね」
続かない。健康保険法99条1項は主語のかっこ書で「被保険者(任意継続被保険者を除く。)」としている。任意継続の資格では傷病手当金を受けられない。「健康保険を続けられる」ことと「傷病手当金が出る」ことは別である。退職・転職をご検討の方には、この点を先にお伝えする。
「会社から少しでも給与が出たら、傷病手当金は0ですか」
0にはならないことがある。健康保険法108条1項は「支給しない。ただし、その受けることができる報酬の額が、第九十九条第二項の規定により算定される額より少ないときは、その差額を支給する」としている。手当金のほうが多ければ、その差額が出る。同じ形の調整が、障害厚生年金との間にも置かれている(同条3項)。
案内で外したくないポイント
- 限度額の数字は記憶で答えない。政令で定められ改定される(115条2項)。確認先を渡す。
- 食事療養・生活療養は計算に入らない(115条1項かっこ書、63条2項1号・2号)。
- 差額ベッド代は選定療養で対象外。ただし「被保険者の選定に係る」もの(63条2項5号)。
- 先進医療の技術料は評価療養で対象外(同項3号)。
- 暦月で区切る。月をまたぐと上限を2回数える。
- 傷病手当金は任意継続では受けられない(99条1項かっこ書)。
- 3日を経過した日から、通算して1年6月(99条1項・4項)。
- 在籍1年未満は計算が変わる(99条2項ただし書・いずれか少ない額)。
- 報酬・障害厚生年金とは差額調整(108条1項・3項)。
- 業務災害は健康保険の外(1条)。労災保険の話になる。
根拠条文のまとめ
| 条文 | 見出し | この記事で使った内容 |
|---|---|---|
| 健康保険法1条 | 目的 | 業務災害以外の疾病等に関して保険給付を行う |
| 健康保険法63条2項 | 療養の給付 | 食事療養/生活療養/評価療養/患者申出療養/選定療養は給付に含まれない |
| 健康保険法99条1項 | 傷病手当金 | 任意継続被保険者を除く。3日を経過した日から |
| 健康保険法99条2項 | 同上 | 直近12月の標準報酬月額の平均の30分の1の3分の2。ただし書で12月未満の場合はいずれか少ない額 |
| 健康保険法99条4項 | 同上 | 支給を始めた日から通算して1年6月間 |
| 健康保険法108条1項・3項 | 傷病手当金又は出産手当金と報酬等との調整 | 報酬・障害厚生年金があるときは支給しない。ただし少ないときは差額 |
| 健康保険法115条1項 | 高額療養費 | 一部負担金等の額が著しく高額であるとき支給。食事療養・生活療養を除く |
| 健康保険法115条2項 | 同上 | 支給要件・支給額は政令で定める。長期の療養者の家計への影響を考慮 |
| 健康保険法116条 | — | 故意の犯罪行為・故意に給付事由を生じさせたときは給付しない |